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英邁
「英邁〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
英邁の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「支倉事件」より 著者:甲賀三郎
にて証明せんものと思い、縊首を企てお上に余計な御手数を煩わし実に申訳ありません。
英邁賢明なる判官閣下、被告喜平伏して此如く及御願候也。 この上願書を読んで感ず....
「木の芽だち」より 著者:宮本百合子
るための工夫に、自分たちの分別の最も優秀な部分を浪費した。余り賢くあること、余り
英邁であること、それさえも脅威をもたらした。殿様は馬鹿でなければならなかった。そ....
「鐘ヶ淵」より 著者:岡本綺堂
相違ない。それが上のお耳にも聞えたので、鐘の引揚げはお沙汰止みになったそうだ。」
英邁のきこえある八代将軍吉宗が果して水神の祟りを恐れたかどうかは知らないが、鐘ヶ....
「自警録」より 著者:新渡戸稲造
おど》かすつもりか、あるいは豪傑を衒《てら》っての業《わざ》であったのだな。彼の
英邁《えいまい》奇行は道具立ての小細工《こざいく》たるを見て可笑《おか》しくなっ....
「新西遊記」より 著者:久生十蘭
。その連中のねがいは、法皇が永久に五歳のままでいるか、白痴であってくれることで、
英邁俊秀といったタイプをなにより嫌う。三代から七代まで、五人の法皇のなかで、廿五....
「美の日本的源泉」より 著者:高村光太郎
道断な、真剣な魂の初発性は見られない。 天平期の完成に伴う諸弊害を一掃せられた
英邁な桓武天皇の平安遷都前後にあたってもう一度人心は粛然として真剣の気を取りもど....
「慶応義塾の記」より 著者:福沢諭吉
《た》たき、たまたま和蘭人に逢わばその実を質《ただ》せり。けだしこの人々いずれも
英邁卓絶の士なれば、ひたすら|自我作古《われよりいにしえをなす》の業《わざ》にの....
「ローマ法王と外交」より 著者:国枝史郎
リードした。 こうして先ずオットー一世に恩を売ったのである。 オットー一世は
英邁で、ドイツ王になるやスラブ、デーン、マジャル等の敵性諸民族を撃滅し、又西フラ....
「憑き物系統に関する民族的研究」より 著者:喜田貞吉
存の便宜上から、世間のその迷信を利用することも或いはなかったとは言われない。かの
英邁なる白河法皇を閉口せしめ奉った叡山の山法師は、何人も抵抗し難い呪詛という武器....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
った。これ以後北条氏の力は皇位継承にまで常に干渉いたすようになった。後嵯峨天皇は
英邁であらせられたが、幕府の力で即位されたので、関東に対し御謙遜になっておった。....
「三国志」より 著者:吉川英治
ろ、果たして、ただの土民ではなく、漢室の宗族景帝の裔孫ということが分った。しかも
英邁な青年だ。さあ、これから楼桑村の彼の家を訪れよう。雲長、支度はそれでよいか」....
「三国志」より 著者:吉川英治
んで過そうや」 「おお、将軍。今の僭越な諫言をゆるして下さい。将軍はやはり稀世の
英邁でいらっしゃる。常々ひそかに、将軍の風姿を見ておるに、古の韓信などより百倍も....
「三国志」より 著者:吉川英治
満寵はすり寄って、彼の耳に何かささやいた。徐晃は、嘆息して、 「――曹将軍の
英邁はかねて知っているが、さりとて、一日でも主とたのんだ人を首として、降服して出....
「三国志」より 著者:吉川英治
当主に立たれた。こう申しては、我田引水とお聞きかも知れぬが、主人孫権はまれに見る
英邁篤実のお方で、よく先哲の秘説をさぐり、賢者を尊び、有能の士を求めること、実に....
「三国志」より 著者:吉川英治
かった。 孔明の苦労は実にこの二つにあったといってよい。しかも帝|劉禅は、甚だ
英邁の資でないのである。うごかされやすくまたよく迷う。 しかし孔明がこの遺孤に....