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「草津〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

草津の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
東海道五十三次」より 著者:岡本かの子
琵琶湖の水が高い河になって流れる下を隧道に掘って通っている道を過ぎて私たちは草津のうばが餅屋に駆け込んだ。硝子《ガラス》戸の中は茶釜《ちゃがま》をかけた竈《....
入れ札」より 著者:菊池寛
や。 十蔵 違えねえや。あいつらをつけておけば大丈夫だ。 牛松 さあ、俺これから草津の方へ落ちてやらあ。 才助 おいらも、草津だ。 十蔵 おいらも草津へ出よう。....
高山の雪」より 著者:小島烏水
しらね》(三一九二米突)がそれである。やや低い山で、割合に有名なのは、日光と上州草津に白根山(日光二二八六米突、草津二一四二米突)という同名のが二つある。これを....
白蟻」より 著者:小栗虫太郎
ものが、古い文書の中から発見された。それは、くらの夫――すなわち先代の近四郎が、草津|在《ざい》の癩村に祈祷《きとう》のため赴いたという事実である。するとそれか....
空襲葬送曲」より 著者:海野十三
年若い参謀は、満面を朱にして、拳を握っていた。参謀長は、はッと気を取直した。 「草津参謀」彼は一人の参謀に呼びかけた。 「帝都の火災は、どういう状況にあるか」 ....
三浦老人昔話」より 著者:岡本綺堂
矢張り元の通りになるので、家来共も別に気にも留めずにいると、京ももう眼の前という草津の宿に這入る途中、二三日前からの雨つゞきで路がひどく悪いので、今宮さんの一行....
厳島合戦」より 著者:菊池寛
へ我が大軍をひきつけ、安否の合戦して雌雄を決せんとの謀なるべし。厳島渡海を止め、草津、二十日市を攻落し、吉田へ押寄せなば元就を打滅さんこと、時日を廻らすべからず....
海底都市」より 著者:海野十三
落着きはらっているところを見せるために、泳ぎながら佐渡《さど》おけさを歌ったり、草津節《くさつぶし》を呻《うな》ったりした。 「だめね、これでは。水の中へ潜らな....
保久呂天皇」より 著者:坂口安吾
年も前から伝わっているように云いふらしていたが、万事は三吉の方寸からでたもので、草津の湯花から思いついたものであった。保久呂湯も湯花がでる。水の時はでないが、湯....
娘煙術師」より 著者:国枝史郎
俺も瀬多蜆は好きだ」 「さようさよう瀬多の蜆は、結構な名物でございますとも」 「草津でも打ちましてございますが、あそこの名物と申しますれば……」 「はいはい姥ヶ....
入れ札」より 著者:菊池寛
た淋しさを持っていた。 が、忠次達の姿が見えなくなると、四五人は諦めたように、草津の方へ落ちて行った。 九郎助は、忠次と別れるとき、目礼したままじっと考えて....
斎藤緑雨」より 著者:内田魯庵
ら一大事だなどと皮肉をいいつつ会心の文句を読んで聞かした事があった。 森川町の草津の湯の傍の簾藤という下宿屋に転じたのはその後であった。この簾藤時代が緑雨の最....
「ケット」と「マット」」より 著者:喜田貞吉
秋山は箕作村(信濃下高井郡)より山に入ること九里。平家の落人勝秀と云ふもの、上州草津より此に分け入りて匿れ住み、子孫一村を成せりとか。又信州より分入りければ、地....
渋温泉の秋」より 著者:小川未明
枚馬の脊に重ねて、其の上に座った。頭には、菅笠を被って前に風呂敷包を乗せている。草津行の女であるということが分った。 三階にいて私は、これから草津に湯治にゆく....
雷門以北」より 著者:久保田万太郎
」を除いたあとの三げん、「松島」は震災ずっと以前すでに昔日のおもかげを失った、「草津」「一直」はただその尨躯を擁するだけのことである。――が、たった一つの、それ....