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「蔵造り〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

蔵造りの前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
新生」より 著者:島崎藤村
十五 少年の時の記憶はまた東京銀座の裏通りの方へ岸本を連れて行って見せた。土蔵造りの家がある。玄関がある。往来に面して鉄の格子《こうし》の嵌《はま》った窓が....
河明り」より 著者:岡本かの子
それよりも、いまの取り止めない状態に於て、過剰になった心にああいう下町の閉された蔵造りの中の生活内部を覗くことに興味が弾んだ。私は招待に応じた。 東京下町の蔵....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
、大小の箒の類を売る店、あるいは鼈甲屋の看板を掛けた店なぞの軒を並べた横町に、土蔵造りではあるが見付きの窓や格子戸も「しもたや」らしい家の前には、一人の少年がせ....
うつり香」より 著者:近松秋江
としていた。凍てついた道に私たちの下駄を踏み鳴らす音が、両側の大戸を閉めきった土蔵造りの建物にカランコロンとびっくりするような谺を反した。 私はせっかくの思い....
旧聞日本橋」より 著者:長谷川時雨
う側の角、大門通りを仲にはさんで四ツ辻に、毅然《きぜん》と聳《そび》えていた大土蔵造りの有名な呉服店だった。ある時、大伝馬町四丁目大丸呉服店所在地の地名が、通旅....
鳴雪自叙伝」より 著者:内藤鳴雪
陸へ上って薬屋で幾那塩を買った、この港は例の保命酒の本場であるから、彼方此方に土蔵造りの家屋も見えて、かなり富んでいるように思われた。それから例の如く幾那塩を飯....
レ・ミゼラブル」より 著者:豊島与志雄
フォーシュルヴァン老人とともに庭の奥の小屋に住んでいた。その陋屋《ろうおく》は土蔵造りであって、一八四五年にはなお残っていたが、読者の既に知るとおり、三つの室《....
明治開化 安吾捕物」より 著者:坂口安吾
れない。 大金持の土蔵であるから、実に壮大雄渾な大土蔵で、花川戸の蔵吉という土蔵造りの名人が、九年かかって仕上げたという国宝的な土蔵であった。その大土蔵のどこ....
明治開化 安吾捕物」より 著者:坂口安吾
ものです」 「新門の辰五郎の話では、ぬりこめた石材をうごかす術もあるそうだぜ。土蔵造りの左官屋が、縁の下にうごく壁をつくっておいて仕事をしていた例もあるそうな」....
仇討姉妹笠」より 著者:国枝史郎
の屋敷の北の隅に、こんもりとした植込に囲まれ、主屋と別に建物が立っていた。 土蔵造りにされているのが、この建物を陰気にしている。 と、この建物の一つの部屋に....
夢殿殺人事件」より 著者:小栗虫太郎
た。前方は二十畳敷程の空室で、階下の板敷と二階の床に当る天井の中央には、関東風土蔵造り特有とも云う、細かい格子の嵌戸が切ってあった。そして、双方の格子戸から入っ....
地上」より 著者:島田清次郎
が赤い煉瓦の貿易商会と対い合っている横路、その横路には格子戸をいれたしもたやや土蔵造りの問屋が並んでいた。横路にまた細い横丁があった。その小路の一筋へ、溝板を踏....
鴎外の思い出」より 著者:小金井喜美子
た。 通りの向いに大丸といって、そこらでの大きな呉服店があって、しっかりした土蔵造りでした。店の前に幅の広い紺の暖簾に大丸と染めたのが、いくつか斜に往来へ出て....
日本橋附近」より 著者:田山花袋
じ大通りだとは夢にも思えない。雨が降ると泥濘が波を揚げるという都会。家並が大抵土蔵造りだったので、京橋の向うの銀座の新しい煉瓦の街に比べてわるく陰気な大通。その....
本所両国」より 著者:芥川竜之介
呼に大紙屋の岡本さんと一緒になった。僕の知っていた大紙屋は封建時代に変りのない土蔵造りの紙屋である。その又薄暗い店の中には番頭や小僧が何人も忙しそうに歩きまわっ....