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「藍染〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

藍染の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
付いてみよう」 幸次郎に別れて、半七は谷中の方角へ足を向けた。千駄木の坂下から藍染《あいそめ》川を渡って、笠森稲荷を横に見ながら、新幡随院のあたりへ来かかると....
河明り」より 著者:岡本かの子
がて石神井川が飛鳥山と王子台との間に活路を拓いて落ちるようになって、不忍池の上は藍染川の細い流れとなり、不忍池の下は暗渠にされてしまって、永遠に河身を人の目に触....
半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
ちなせえ」と、熊蔵はそこらの戸棚を探して、一つの風呂敷包みを持ち出して来た。濃い藍染めの風呂敷をあけると、中には更に萠黄の風呂敷につつんだ二個の箱のようなものが....
薄紅梅」より 著者:泉鏡花
のが小留をした、春の雪だから、それほどの気色でも、霽れると迅い。西空の根津一帯、藍染川の上あたり、一筋の藍を引いた。池の水はまだ暗い。 「気味の悪い?……気味の....
星女郎」より 著者:泉鏡花
、ここに麓路を挟んで、竹の橋の出外れに、四五軒の茶店があって、どこも異らぬ茶染、藍染、講中手拭の軒にひらひらとある蔭から、東海道の宿々のように、きちんと呼吸は合....
イタリア人」より 著者:寺田寅彦
今日|七軒町まで用達しに出掛けた帰りに久し振りで根津の藍染町を通った。親友の黒田が先年まで下宿していた荒物屋の前を通った時、二階の欄干....
明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
。 小劇場――真砂座、柳盛座、新市村座、三崎座、新盛座、浅草座、吾妻座、常盤座、藍染座。 なお、参考のために、明治二十七年一月興行の入場料を左に記すと、歌舞伎....
上野」より 著者:永井荷風
割ス。則曰ク七軒町、曰ク宮永町、曰ク片町等ハ倶ニ皆廓外ニシテ旧来ノ商坊ナリ。曰ク藍染町、曰ク清水町、曰ク八重垣町等ハ僉《ミナ》廓内ニシテ再興以来ノ新巷ナリ。爾《....
葛飾土産」より 著者:永井荷風
ら》の池に至り、また王子音無川《おうじおとなしがわ》の流の末をたずねては、根岸の藍染川《あいそめがわ》から浅草の山谷堀《さんやぼり》まで歩みつづけたような事があ....
古事記」より 著者:太安万侶
跪《ひざまず》いている時に、雨水がたまつて腰につきました。その臣は紅い紐をつけた藍染《あいぞめ》の衣を著ておりましたから、水潦《みずたまり》が赤い紐に觸れて青が....
フレップ・トリップ」より 著者:北原白秋
「バルチザン、悪い人。みんな逃げた。お金もって。」 其処へ、また、赤や黄や濃い藍染めの更紗|布を頭からひっかぶったオロチョンの子供たちがぞろぞろと集って来た。....
特殊部落の成立沿革を略叙してその解放に及ぶ」より 著者:喜田貞吉
が穢多になったのは、皮を扱っていた為と存じます。その代りに一方には、京都に於ける藍染屋・青屋の如き、仏法で嫌う職業であったので、遂に徳川時代のやや下った頃までも....
特殊部落と寺院」より 著者:喜田貞吉
これらの徒に近づくのを以て、仏の戒律に背いたものだとまで解していた様である。かの藍染屋の如きは、もとエタの徒と見做されていたのであるが、「谷響集」に、大方等陀羅....
エタ源流考」より 著者:喜田貞吉
皮細工人の事は、委細別項「細工人考」について見てもらいたい。 古え青屋もしくは藍染屋・紺屋などと呼ばれた染物業者は、エタの仲間と認められておった。 「雍州府志....
賤民概説」より 著者:喜田貞吉
青屋」と云って、真言寺の方では甚だしくこれを排斥したものであった。青屋はすなわち藍染屋で、それがエタの種類であると云うことは、京都などでは余程後までも云っていた....