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「藤島〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

藤島の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
したが、前の年|金崎城の露と消えておられる。為世の世を去る年には、その新田義貞も藤島に討死し、北畠顕家も石津に戦死して、足利尊氏が将軍となった。翌延元四年には後....
皇海山紀行」より 著者:木暮理太郎
ぬ最大の原因となったものであろう。 連日の雨もようやく上ったらしいので、同行の藤島君とともに十一月十六日に東武線の浅草駅を出発した。相老で足尾線に乗り換え、原....
京鹿子娘道成寺」より 著者:酒井嘉七
郎、三味線は、お師匠の杵屋新次さまに、お弟子の新三郎、その他の方々、お囃子連中は藤島社中の方々――と、こういったあんばいで、どの幕も、凝りにこった出し物――どれ....
美術学校時代」より 著者:高村光太郎
気があった。白馬会は当時既に相当の会員を擁しており久米桂一郎先生、黒田清輝先生、藤島武二先生、長原孝太郎先生などと、これらの会の出来たことは急速に洋画壇の進歩を....
田舎教師」より 著者:田山花袋
の持って来た雑誌の中に、「明星」の四月号があった。清三はそれを手に取って、初めは藤島武二や中沢弘光の木版画のあざやかなのを見ていたが、やがて、晶子の歌に熱心に見....
日本の頭脳調べ」より 著者:戸坂潤
に適切だと云わねばならぬ。日本画家の横山大観、竹内栖鳳も動かぬ処である。洋画家で藤島武二と岡田三郎助の両氏もまず洋画から選ぶとすれば不思議でない。幸田露伴と佐佐....
旧聞日本橋」より 著者:長谷川時雨
つまんで独楽《こま》のように廻した。黒い立派な大きな門をもったこの邸の構内には、藤島さんという、伯父には長官にあたる造幣局のお役人のお宅があった。竹柏園《ちくは....
旧聞日本橋」より 著者:長谷川時雨
舎であったのかどうか、おなじ猿楽町の、大きな門のある構内に、お住居があったのと、藤島さんの一粒だねの令嬢をおかたづけになったほどなのだからと、先生については、よ....
明日咲く花」より 著者:宮本百合子
とちがった勤労婦人の中からの婦人作家が出て来た。佐多稲子、松田解子、平林たい子、藤島まき、壺井栄などがそうである。これらの婦人作家は、みな少女時代から辛苦の多い....
獄中への手紙」より 著者:宮本百合子
の人などもはいっているし、婦人作家では私のほかにいね子、松田さんなども居ります。藤島まきという作家も出ました。文学におけるリアリズムの問題が、はじめ妙な傾向をも....
獄中への手紙」より 著者:宮本百合子
めて面白い版画本があります、それから『都会』という大きい本も。 同じこの雑誌に藤島武二の絵、藤井浩祐の彫刻など出ていて、何だかびっくりする位ね、下らなくて。 ....
獄中への手紙」より 著者:宮本百合子
ものがたりになりました。 八月十九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(代筆藤島武二筆「屋島山上の展望朝霧」(一)、梅原龍三郎筆「朝の仙酔島」(二)の絵はが....
婦人と文学」より 著者:宮本百合子
明星』が発刊されたのが三十三年であって、『明星』のぐるりに今日洋画壇の元老たち、藤島武二、結城素明、石井柏亭、児島喜久雄、黒田清輝、岡田三郎助、青木繁、満谷国四....
武蔵野」より 著者:山田美妙
も大抵わかるが、忍藻にはすなわち夫だ。 この三郎の父親は新田義貞の馬の口取りで藤島の合戦の時主君とともに戦死をしてしまい、跡にはその時|二歳になる孤子の三郎が....
私本太平記」より 著者:吉川英治
。ここへ来ての義貞の戦いは、焦心ればあせるほど頽勢に傾いていたところ、七月二日、藤島の燈明寺畷とよぶところの泥田の道で、義貞は流れ矢にあたり、年三十八で、あえな....