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藩祖
「藩祖〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
藩祖の前後の文節・文章を表示しています。該当する10件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「乱世」より 著者:菊池寛
てて関東へ下ったことは、全然徒労になる。その上、そこまで官軍に反抗するとなると、
藩祖楽翁公が禁裡御造営に尽された功績も、また近く数年|禁闕を守護して、朝廷に恪勤....
「綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
白扇を取り直して、やや伏目になって一斉に歌い始めた。唄は「鎧口説き」と云うので、
藩祖政宗が最も愛賞したものだとか伝えられている。 ※やら目出たやな。初春の好き日....
「法窓夜話」より 著者:穂積陳重
た本年四月、我輩の故郷なる伊予の宇和島にて、旧藩主伊達家の就封三百年記念として、
藩祖を祀った鶴島神社の大祭が行われたが、その時旧城の天主閣において、伊達家の重器....
「梅津只円翁伝」より 著者:杉山萠円
そればかりでない。 翁は市内|櫛田神社(素戔男尊、奇稲田姫を祭る)、光雲神社(
藩祖両公を祀る)、その他の神事能を、衷心から吾事として主宰し、囃子方、狂言方、そ....
「惜別」より 著者:太宰治
も見た事の無い田舎者の私なんかを驚嘆させるには充分だったのである。いったいここの
藩祖|政宗公というのは、ちょっとハイカラなところのあった人物らしく、慶長十八年す....
「安吾の新日本地理」より 著者:坂口安吾
って分割統一されて平和が来たときに、日本人は改めて藩民となり、祖神も源平も失って
藩祖だけを持つようになった。現代日本はなお藩を脱しきれぬ精神状態だが、往昔はそう....
「奥羽地方のシシ踊りと鹿供養」より 著者:喜田貞吉
なのとはすこぶるその趣きを異にしている。しかしながら、宇和島のこの鹿の子踊りは、
藩祖伊達秀宗がかつて、奥州なる宗家から分れてここに入部した際に、郷土の舞踊を移入....
「オシラ神に関する二三の臆説」より 著者:喜田貞吉
である。しかし庄内地方では、すでに佐々木君も引いておられたように、ふつうにこれを
藩祖酒井宮内大輔忠勝に関係して説明している。忠勝入国の際検地が案外寛大であったの....
「鳴門秘帖」より 著者:吉川英治
、尊王の赤心、反徳川の意気、胸に炎々たるものがあっても、下手なことをしたひには、
藩祖正勝以来の渭之津の城の白壁に、矢玉煙硝玉の穴があくはめとなる。 「殿! おし....
「随筆 宮本武蔵」より 著者:吉川英治
事からも窺われよう。 また尾張徳川家に伝わった「蘆葉達磨図」などもそうである。
藩祖義直や、柳生兵庫などとも交渉のあった武蔵として、彼の画が、同家に伝わっていた....