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「西洞院〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

西洞院の前後の文節・文章を表示しています。該当する10件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
邪宗門」より 著者:芥川竜之介
。あの方が阿父様《おとうさま》の代から、ずっと御住みになっていらっしゃる、二条|西洞院《にしのとういん》の御屋形《おやかた》のまわりには、そう云う色好みの方々が....
三浦右衛門の最後」より 著者:菊池寛
あると思ったのである。実際彼は一人の無邪気な少年に過ぎない。彼は十三の時に、京の西洞院《にしのとういん》に侘住居《わびずまい》をしていた両親の手から今川家へ児小....
」より 著者:織田作之助
るゆえ、開けてみてはならんぞ。脅すような口を利いて帰って行った。五十吉といい今は西洞院の紙問屋の番頭だが、もとは灰吹きの五十吉と異名をとったごろつきでありながら....
娘煙術師」より 著者:国枝史郎
う、そういう約束があったがために、車屋町の隠れ家を出て、烏丸、室町、新町、釜座、西洞院の町々を通って、千本お屋敷とご用地との間の、露路まで急いで歩いて来たところ....
宮本武蔵」より 著者:吉川英治
―」 ここにも、そういう考えのもとに、今の世間に生きている連中の一組があった。西洞院四条の辻からぞろぞろ出て来た侍たちである。その横には、白壁で築いた長い塀と....
宮本武蔵」より 著者:吉川英治
い、うまく整理をつけてお目にかけましょう) 狡智をしぼって、彼の案出したのが、西洞院の西の空地へ、吉岡流兵法の振武閣というものを建築するという案で――社会の実....
私本太平記」より 著者:吉川英治
四歳であった。 五月の明るい日であった。 歩みの鈍い、そして長い行列がいま、西洞院綾ノ小路の職屋敷の門からえんえんと出て行った。 みな盲人なのである。 ....
随筆 新平家」より 著者:吉川英治
もない。けれど、盛衰記や醍醐雑事記によると、同日、後白河法皇もわざわざ御車を六条西洞院の辻に立ててこれを御覧になったとある。これはなんとも、吾人には、あと味のよ....
こども風土記」より 著者:柳田国男
んまりそれに重きをおいていると、時々は興のさめるようなことにも出遇うので、まして西洞院の鍛冶屋の隠居のように、わざわざ工作を加えたのはたいていは結果がよくない。....
私の履歴書」より 著者:井上貞治郎
共かせぎを続けたが、どうも下宿屋は思わしくない。大きな家も持てあましてきたので、西洞院七条下ル堀川の小さな家へ移った。ここで細々とまぐさ屋を続けたが世帯は苦しく....