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「西紀〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

西紀の前後の文節・文章を表示しています。該当する8件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
国語音韻の変遷」より 著者:橋本進吉
としては、漢字をもって日本語の音を写したものだけである。そうしてかような資料は、西紀三世紀の頃の『魏書《ぎしょ》』をはじめとして、支那歴代の史書や、日本の上代の....
日本天変地異記」より 著者:田中貢太郎
允恭天皇の五年七月、河内国の地震で、次が推古天皇の七年四月の大和国の地震である。西紀は河内の地震が四百十六年で、大和の地震が五百九十九年である。そのうちで大和の....
ドナウ源流行」より 著者:斎藤茂吉
のうえのその細い流を実地に見たいとおもい、復活祭の休を利用しようとした。そこで、西紀一九二四年四月十八日、午前七時半の汽車で民顕を出発した。この汽車は、Augs....
人口論」より 著者:マルサストマス・ロバート
、シチュエイト、コヴェントリ、ウェスト・グリニチ、及びイクシタの五都市の人口は、西紀一七四八年には五、〇三三であり、西紀一七五五年には六、九八六であった。これは....
安吾の新日本地理」より 著者:坂口安吾
マ氏があるが、コマ村のコマ氏とは関係がない。 丹治氏の祖、多治比島は持統四年(西紀六九〇年)に右大臣となり、文武四年(西紀七〇〇年)に左大臣となり、翌年死んだ....
孔子」より 著者:和辻哲郎
る。では「孔子世家」というものはそれほど信用に価するものであろうか。孔子の没年が西紀前四七九年であるとすると、『史記』のできるまでには三百五十年くらいは経ってい....
随筆 新平家」より 著者:吉川英治
います。 昭和三十三年五月一日 英治 時、保延三年。藤原専制の末期――西紀一一三七年。 崇徳帝の朝廷と、鳥羽上皇の院政と、二つの政府の下に、まだ中流....
アイヌ宗教成立の史的背景」より 著者:知里真志保
う本があって、高倉新一郎氏によればそれは今からおよそ二百年近くも前の、宝暦8年(西紀1758)の著述と推定されるものでありますが、その本の上巻に、松前蝦夷地の風....