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誚
「誚〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
誚の前後の文節・文章を表示しています。該当する13件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「運命」より 著者:幸田露伴
に誉めて曰く、宋景濂|朕に事うること十九年、未だ嘗て一|言の偽あらず、一人の短を
誚らず、始終|二無し、たゞに君子のみならず、抑賢と謂う可しと。太祖の濂を視ること....
「黄英」より 著者:田中貢太郎
たが、しかしまたひそかに佳い木をかくしているのが恨めしくもあって、とうとう逢って
誚めてやろうと思って扉を叩いた。すると陶が出てきて手をとって曳き入れた。 見る....
「あめんちあ」より 著者:富ノ沢麟太郎
られ……誹謗の疵痕《きずあと》……悪感情の悪戯《いたずら》……侮辱と意地悪……譏
誚《きしょう》……嘲笑と挑戦……嫉妬?……嫉妬!……復讐……おれはおれの躯を愛し....
「空車」より 著者:森鴎外
しかしこれは新たなる性命に犠牲を供するのである。わたくしはこんな分疏をして、人の
誚をかえりみない。 わたくしの意中にいわんと欲する一事があった。わたくしは紙を....
「渋江抽斎」より 著者:森鴎外
牢守せられていることには想い及ぶものが鮮い。尋常|許取の濫は、芸人があるいは人の
誚を辞することを得ざる所であろう。しかし夫の名取に至っては、その肯て軽々しく仮借....
「十二支考」より 著者:南方熊楠
《つぶさ》に夢中の事を述ぶ、国忠曰く、これけだし夫婦相念い情感の至る所、時人|譏
誚《きしょう》せざるなきなり〉。国忠の言を案ずると、フィリポス王同然自分もちょう....
「十二支考」より 著者:南方熊楠
いわく王千四百戦車一万二千騎卒ありと、その後諸王馬を殖やす事盛んで予言者輩これを
誚《そし》った事あり、今日もパレスチナのサラブレッド馬種の持ち主は、皆これをソロ....
「十二支考」より 著者:南方熊楠
ベロアル・ド・ヴェルビュの『上達方』に婦人は寺で天女、宅で悪魔、牀《とこ》で猴と
誚《そし》り、仏経には釈尊が弟の難陀その妻と好愛甚だしきを醒《さ》まさんとて彼女....
「細木香以」より 著者:森鴎外
を得ぬのは、乞丐が帝王の襟度を忖度することを得ぬと同じである。是においてや僭越の
誚が生ずる。 人生の評価は千殊万別である。父が北千住に居った時、家に一|婢があ....
「珊瑚」より 著者:田中貢太郎
からまた二、三日して、母は珊瑚のことを聞き知った。怒って王家へいって汚い詞で王を
誚めた。王も威張って負けていなかった。かえってさんざんに母の悪口をいった。そのう....
「呉秀三先生」より 著者:斎藤茂吉
しくはない。門末の私が先生について敢て論讚にわたる言をなすのは、おのずから僭越の
誚を免れず、不遜の罪を免れぬであろう。私はただ少年時における私の心持を想起し、そ....
「不苦心談」より 著者:森鴎外
これは私の性質と境遇とから生じた事実である。あるいはそれではギョオテに済むまいと
誚められるかも知れない。しかしこれまで舞台に上されるファウストを日本語で書いた人....
「訳本ファウストについて」より 著者:森鴎外
のだから、ファウストを訳する人は、私のように不学無識でなくても、多少こんな意味の
誚を受けずにはいられぬはずではあるまいか。私はルテルを以て自ら比するものでは無い....