» 讃仰

「讃仰〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

讃仰の前後の文節・文章を表示しています。該当する10件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
潜航艇「鷹の城」」より 著者:小栗虫太郎
れがためにまったく望みないものと化してしまったのです。 と云うのは、かつて国民讃仰の的だったフォン・エッセン男を、忌むべき逃亡者としたばかりではなく、かたわら....
島原の乱」より 著者:菊池寛
資典雅にして挙動処女の如くであった。当時は、美少年尊重の世であったから、忽ち衆人讃仰の的となった。この弱冠の一美少年こそは、切利支丹一揆の総帥となった天草四郎時....
一枚絵の女」より 著者:国枝史郎
三十郎は満足であった。明和年間の代表的美人、春信によって一枚絵に描かれ、江戸市民讃仰のまとになったところの、笠森お仙や公孫樹のお藤、それにも負けない美人として、....
日本上古の硬外交」より 著者:国枝史郎
代に於て、敢然と彼我対等の外交を行わせられた聖徳太子様の御信念と御勇猛心とは真に讃仰せざるを得ない事柄であり、太子様の執られた外交こそは、平和外交中での硬外交の....
万葉秀歌」より 著者:斎藤茂吉
のその上に神随にましますというのである。 これは供奉した人麿が、天皇の御威徳を讃仰し奉ったもので、人麿の真率な態度が、おのずからにして強く大きいこの歌調を成さ....
序に代えて人生観上の自然主義を論ず」より 著者:島村抱月
聖とか崇高とかいう感じは消え去って、一面灰色の天地が果てしもなく眼前に横たわる。讃仰、憧憬の対当物がなくなって、幻の華の消えた心地である。私の本心の一側は、たし....
美の日本的源泉」より 著者:高村光太郎
淵源としての性質を備えている。殊に夢殿の秘仏救世観世音像に至っては、限りなき太子讃仰の念と、太子|薨去に対する万感をこめての痛惜やる方ない悲憤の余り、造顕せられ....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
ません。最初の口火を切った駒井甚三郎の影は、この勇者の前に隠されて、一人もそれを讃仰《さんごう》するものはないのです。 駒井もまた、この豪傑が不意に現われて、....
文字禍」より 著者:中島敦
リバの報告は、いたく大王のご機嫌《きげん》を損じた。ナブウ神の熱烈《ねつれつ》な讃仰者《さんぎょうしゃ》で当時第一流の文化人たる大王にしてみれば、これは当然のこ....
源氏物語」より 著者:紫式部
く思ったりすることは何にもならぬむだなことであると情けなく姫君は思い、阿弥陀仏を讃仰することに紛らせ、平生よりも物数を言わずにいた。 薫は常陸の子を帰途にすぐ....