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賞揚
「賞揚〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
賞揚の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「田舎教師」より 著者:田山花袋
れが容易につきようとはしなかった。明星派の詩歌の話も出た。主僧もやはり晶子の歌を
賞揚していた。「そうですとも、言葉などをあまりやかましく言う必要はないです、新し....
「学者と名誉」より 著者:夏目漱石
一カ月前の無知なる公平は、全然破れてしまった訳になる。一旦《いったん》木村博士を
賞揚《しょうよう》するならば、木村博士の功績に応じて、他の学者もまた適当の名誉を....
「世界の一環としての日本」より 著者:戸坂潤
う「文化」・「教養」・「気品」・「好み」・を、そしてそれに対する忠実な秀才徒弟の
賞揚を、意味するのだ。――がまず漱石門下の漱石文化者だけでも数えて見よう。 哲....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
当時、長州壮士が練兵館襲撃の現場に居合せて、実地目撃したと見えて、歓之助の強味を
賞揚すると、仏頂寺のつむじが少々曲りかけて、 「それは歓之助が強かったのではない....
「獄中への手紙」より 著者:宮本百合子
能を承認しません、試しに試すのね。そして遂にそのものを天才に仕上げてしまうのよ。
賞揚によってというよりも寧ろ抵抗を養わせて。寿まだ参りません。今夜早くねるのがた....
「ジャン・クリストフ」より 著者:豊島与志雄
た。ごく秀《ひい》でた人々は、ラモーやまた偉人と言われてるクープランなどを、妙に
賞揚していた。 それらの学者の間に、激しい争論が起こっていた。彼らは皆音楽家だ....
「ジャン・クリストフ」より 著者:豊島与志雄
い皮肉にはあまり注意しなかった。精力のこの歌人、果敢な遊戯と行動と戦争との時代を
賞揚してるこの詩人は、少し歩いても息切れがし、質素な生活をし、きわめて厳格な摂生....
「レ・ミゼラブル」より 著者:豊島与志雄
同じく堅固だったのである。鉄石大公に恥じない鉄石兵士である。吾人は吾人のすべての
賞揚を、イギリス兵士に、イギリス軍に、イギリス民衆に与える。もし戦勝記念標がある....
「レ・ミゼラブル」より 著者:豊島与志雄
客間に満ち満ちていた。そしてマラーをののしる勢いに駆られて、トレスタイヨンまでを
賞揚した。過激王党的な数人の代議士は、ホイストの勝負を争っていた、ティボール・デ....
「風と光と二十の私と」より 著者:坂口安吾
、私への感謝は全く私の予想もしないものだった。だからこの老夫婦はそれ以来常に私を
賞揚し口を極めてほめたたえていたそうで、私にとっては思いもよらぬことであったが、....
「安吾巷談」より 著者:坂口安吾
して弱者のヤリクリ算段というものではない。侵略したがる連中よりも、はるかに高級な
賞揚さるべき事業である。こういう例は日本にもあった。徳川時代の江戸大坂の町人がそ....
「安吾人生案内」より 著者:坂口安吾
女の心の裏の裏まで見てやりはしなかったようだ。先生は彼女を詩中の美女善女のように
賞揚して味っていたが、詩中の美女善女のような女は現実的には存在しないものである。....
「曙覧の歌」より 著者:正岡子規
と答えん。彼が『古今』、『新古今』を学ばずして『万葉』を学びたる卓見はわが第一に
賞揚せんとするところなり。彼が『万葉』を学んで比較的|善《よ》くこれを模し得たる....
「俳人蕪村」より 著者:正岡子規
りいうも鳩吹、刈株の句のごときは決して芭蕉の下にあらず。芭蕉がこの特異のところを
賞揚せずして、かえってこれを排斥せんとしたるを見れば、彼はその複雑的美を解せざり....
「昭和四年の文壇の概観」より 著者:平林初之輔
ると考え得ただろう。しかし左翼の批評家のうちで、誰が、自らのグループの作家をまず
賞揚しなかっただろう。 実際この論戦は、ある人によると、明らかに私の敗けにおわ....