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「足利尊氏〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

足利尊氏の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
四条畷の戦」より 著者:菊池寛
建武中興の崩壊 中島商相が、足利尊氏のために、災禍を獲た。尊氏の如く朝敵となったものは、古来外にも沢山ある。....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
た。 同志九人、その多くは平田門人あるいは準門人であるが、等持院に安置してある足利尊氏以下、二将軍の木像の首を抜き取って、二十三日の夜にそれを三条河原に晒しも....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
学の鼓吹者仲間で、北原稲雄が弟の今村豊三郎である。一人は将軍最初の上洛に先立って足利尊氏が木像の首を三条河原に晒した示威の関係者、あの事件以来伊那に来て隠れてい....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
ころだ。過ぐる文久三年の二月、同門の師岡正胤ら八人のものと共に、彼が等持院にある足利尊氏以下、二将軍の木像の首を抜き取って、幕府への見せしめのため晒し物としたの....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
騎の兵を集めたそうな。新田義貞と北条勢とは、ここを先途と追いつ追われつしていた。足利尊氏が命|辛々《からがら》逃げたあともここを去ること遠くはない。英雄豪傑の汗....
艸木虫魚」より 著者:薄田泣菫
影もなく消えてゆき、心はいつのまにか気力と新鮮さとを取り返している。 むかし、足利尊氏は洛西等持院の境内にあった一本の松をこの上もなく愛していた。それはほとと....
ああ玉杯に花うけて」より 著者:佐藤紅緑
はたれか」 いろいろな声が一度にでた。 「弓削道鏡です」 「蘇我入鹿です」 「足利尊氏です」 「源頼朝です」 「頼朝はどうして悪いか」と先生が口をいれた。 「....
現代日本の思想対立」より 著者:戸坂潤
喋ったり、やったりするのである。 たとえば元商相中島久万吉氏は、或る大衆雑誌で足利尊氏の人物に傾倒している旨を述べたところ、それが素で遂に商工大臣の椅子を棒に....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
さま》が和気清麻呂様《わけのきよまろさま》を……」 「そうだとも」 「楠正成様が足利尊氏様に亡ぼされ……」 「その通り」 「曾我の兄弟様が工藤祐経様《くどうすけ....
剣侠」より 著者:国枝史郎
から、その金を利用したという事じゃ。正平七年十二月十九日、新田|義宗南軍を率い、足利尊氏を狩野河に討つべく、武蔵の国に入ったところ、尊氏すでに狩野河を発し、谷口....
幕末維新懐古談」より 著者:高村光雲
して製作に掛かった楠公像の形は一体どういう形であるかといいますと、元弘三年四月、足利尊氏が赤松の兵を合せて大いに六波羅を破ったので、後醍醐天皇は隠岐国から山陽道....
赤坂城の謀略」より 著者:国枝史郎
体どういう意味なのであろう?) 一抹の不安が正成の心に起った。 これは勿論|足利尊氏によって、天下を奪われることを予言したところの、その一文であるのであった....
小坂部姫」より 著者:岡本綺堂
ヶ岡の庵へ突然にたずねて来て、徒然草の作者に文を書けと迫っている美しい女は、将軍足利尊氏の執事としてこのごろ都に威勢を揮っている高武蔵守師直の娘で、小坂部という....
妖怪学」より 著者:井上円了
白 平清盛 八白 源頼朝 六白 源義経 四緑 弁慶 三碧足利尊氏 二黒 平信長 七赤 秀吉 五黄 光秀 四緑 家....
中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
る。為世の世を去る年には、その新田義貞も藤島に討死し、北畠顕家も石津に戦死して、足利尊氏が将軍となった。翌延元四年には後醍醐天皇が吉野で崩御になった。為世は晩年....