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近県
「近県〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
近県の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「蠅男」より 著者:海野十三
、そこの階下の応接室には、先客が三人も待っていた。それは大阪へ来たついでに楽しい
近県旅行をしていたドクトルの一人娘カオルと情人上原山治と、外に正木署長との三人だ....
「河明り」より 著者:岡本かの子
げるつもりで上京して来た。そういう夫婦の例にままあるとおり無理算段をして出て来た
近県の衰えた豪家の夫妻で、忽ち失敗した上、夫は病死し妻は、今更故郷へも帰れず、子....
「神鷺之巻」より 著者:泉鏡花
家で。家には、鳥屋というより、小さな博物館ぐらいの標本を備えもし、飼ってもいる。
近県近郷の学校の教師、無論学生たち、志あるものは、都会、遠国からも見学に来り訪う....
「レ・ミゼラブル」より 著者:豊島与志雄
しも》ブーロンネーにあまねく響いていたが、ついにはその狭い地方を越えて、二、三の
近県までひろがっていた。あの黒飾玉工業を回復してその中心市に大なる貢献をなしたの....
「怒りの虫」より 著者:豊島与志雄
の小さな建物の三階にあった。事務所といっても、彼が主事嘱託という名義で関係してる
近県の小新聞の、東京連絡所を兼ねたもので、所員には、老若の男二人と、女が一人いた....
「崖下の池」より 著者:豊島与志雄
硝子器の中などに入れ、子供の玩弄物に売り出されたものです。それが、数年間に、東京
近県の水田や河川に繁殖していますが、都内のこの池にも可なりいました。針にはあまり....
「波多野邸」より 著者:豊島与志雄
心にしているようだったが、そのほかは、友人たちとの私交、演劇や音楽会、散歩や酒、
近県への一二泊の旅など、東京中心の土地を改めてなつかしんでいるかのようでもあった....
「図書館法楽屋話」より 著者:中井正一
あった。キニー氏のつくった文部省ならびに図書館界の準備的会合である。まず在京及び
近県有志と文部省より出発して、全国中央図書館会議にまでそれは発展したのであった。....
「次郎物語」より 著者:下村湖人
たものを、世間という普通の社会環境において試そうというのが主目的であったが、また
近県在住の第一回以来の修了者たちと親交を結び、そういう人たちの郷土生活の実際に接....
「芳川鎌子」より 著者:長谷川時雨
ているので警戒しなくてはならないと見られた。 一年はたった。鎌子はその後どこか
近県の別荘にあって、寛治氏の思いやりのあるはからいのもとに、病後の手あてと、心の....
「姫柚子の讃」より 著者:佐藤垢石
門地蔵の月夜野で利根の本流に注ぐ赤谷川で漁れる鰍は、わが故郷での逸品である。東京
近県では上州のほかに常陸の国の久慈川上流に産するもの、また甲州白根三山の東の渓谷....
「冬の鰍」より 著者:佐藤垢石
師温泉を過ぎ、高橋お伝の生まれた村の桃野で利根川に合する赤谷川に産するものは東京
近県の絶品といわれている。常陸国の久慈川上流白根連峰の東側に流れる早川で漁れるも....
「瘤」より 著者:犬田卯
るが別に財産はなかった。若い頃、剣が自慢で、竹刀の先に面、胴、小手をくくりつけ、
近県を「武者修業」して歩いたり、やがて自分の屋敷へ道場を建てて付近の青年に教えた....
「明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
して、おもむろに風雲をうかがっていた彼は、その後小さい一座を作って、川越あたりの
近県を巡業していることが新聞紙上に一、二度報道されたように記憶しているが、翌三十....
「それから」より 著者:夏目漱石
平岡とも、親しく附合っていた。三千代はその妹《いもと》である。 この菅沼は東京
近県のもので、学生になった二年目の春、修業の為と号して、国から妹を連れて来ると同....