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道宗
「道宗〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
道宗の前後の文節・文章を表示しています。該当する6件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「応仁の乱」より 著者:菊池寛
て居たのである。此の年の正月、宗全の病※が伝えられて居る。 「去二十一日夜山名入
道宗全|入滅畢。其夜同一族大内新助降参方御陣に参候」(『寺社雑事記』) 此の宗....
「東山時代における一縉紳の生活」より 著者:原勝郎
れら本職ならぬ連歌師と実隆との交際も始まった。武人にして宗祇の弟子なる杉原伊賀入
道宗伊、上原豊前守、二階堂入道行二、玄清の弟子宗祇の孫弟子なる明智入道玄宣等は、....
「興津弥五右衛門の遺書(初稿)」より 著者:森鴎外
申すべく候。床の間に並べ有之候御|位牌三基は、某が奉公|仕りし細川越中守|忠興入
道宗立三斎殿御事松向寺殿を始とし、同越中守|忠利殿御事妙解院殿、同肥後守|光尚殿....
「手仕事の日本」より 著者:柳宗悦
り、竹細工や桜皮の編物なども忘れ難いものであります。もう飛騨境に近い赤尾は信者|
道宗の物語で、その名を永く歴史に止めるでありましょう。 私たちは北陸道の北の端....
「仏教人生読本」より 著者:岡本かの子
ので、そこで芸術になりました。自然の落葉のままが風雅なら、どんな田舎家にも千家茶
道宗家の看板は掲けられましょう。まわりを刈り込んで、残すだけを残した髯と、無精髯....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
、一路京都へ行くべきであると、顕家は考える――。 「おそらくは」 と、結城ノ入
道宗広が、彼の長い経験から見て言った。 「新田殿としては、うごきたいにも、うごか....