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「遠流〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

遠流の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
玉藻の前」より 著者:岡本綺堂
道の袖にすがって更に七十日の猶予を頼もうとするのである。家の職を奪われ、あるいは遠流《おんる》の身となっては、再び悪魔調伏の祈祷を試むる便宜《よすが》もない。関....
緑衣人伝」より 著者:田中貢太郎
出征せず 識らず咽喉形勢の地 公田|枉げて自ら蒼生を害す 秋壑は怒って誹謗者を遠流に処した。 秋壑はまたある時、千人の僧に斎をした。僧は皆集まってきてその数....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
ヲシテ勤メテモ、三十年ハ借金ヲ抜クニカカル故、子孫ガ迷惑シテ、ソノ勘定ガ立タヌト遠流《おんる》又ハ断絶ニナルカラ、決シテ働キノナイ者ガ勤メル役デハナイト云ッタラ....
学生と先哲」より 著者:倉田百三
陪臣の身をもって、北条義時は朝廷を攻め、後鳥羽、土御門、順徳三上皇を僻陲の島々に遠流し奉ったのであった。そして誠忠奉公の公卿たちは鎌倉で審議するという名目の下に....
俊寛」より 著者:倉田百三
取り出し、うやうやしく基康に捧げる) 基康 つつしんできけ。(赦文を読む)重科|遠流を免ず。早く帰洛の思いをなすべし。このたび中宮ご産の祈祷によって非常のゆるし....
怪異黒姫おろし」より 著者:江見水蔭
して子息|藤十郎以下七人は、同年七月二十日、礫刑に処せられ、召使の者等も死罪やら遠流やら……」 「そう承わると、黄金埋蔵は、本当に相違御座りませぬな」 「三増峠....
法然行伝」より 著者:中里介山
。而《しか》してこの安楽房は、後年後宮女房のことから自分は斬罪に会い、師の法然を遠流《おんる》にするような事態を惹《ひ》き起した人物である。 兼実は上述の如く....
三国志」より 著者:吉川英治
臣のひとりだ。官職を剥いで、一命だけは助けおく。――即日、庶人へ落して、梓滝郡へ遠流せよ」 孔明はかく断じたが、その子の李豊は留めて、長史|劉※などと共に、兵....
私本太平記」より 著者:吉川英治
れまでだ。すでに鎌倉では、現帝の後醍醐に、御出家をすすめるべきであるとか、いっそ遠流し奉るべしとか、極端な論もあると聞えている。 「やむを得まい。辞句の端などに....
私本太平記」より 著者:吉川英治
日まで吟味にかけていた陰謀僧の処断も、地震後わずか五日目に言い渡して、それぞれの遠流先へ、流してしまった。 おもなる者だけをいえば。 忠円を、越後ノ国へ。 ....
私本太平記」より 著者:吉川英治
、いまに限らないが、いまはその魔刃を、宮の首に加え、現帝をも囚えて、人界の外へ、遠流せんとの行動に着手しだした。 ひそかに、ホクソ笑んでいるものは、おなじ皇統....
私本太平記」より 著者:吉川英治
先帝後醍醐の隠岐遠流。 二皇子の四国流し。 その日は近かった。あと二日ほどでしかない。洛中は....
私本太平記」より 著者:吉川英治
侍中では年上であり、またなによりは帝の御子をいくたりも産んでいる。 それにこの遠流の辛酸までを、蚤虱と共に、帝と一つにしてきたことだ。 その契りは、比翼の鳥....
私本太平記」より 著者:吉川英治
「しかも、還幸のご途上に、この吉報がとどくとは」 「去年の三月には、みかどの隠岐遠流を、人みな、ここでお見送りして悲しんだものだが」 口々の昂奮はやまず、どよ....
随筆 新平家」より 著者:吉川英治
乞食のちまたにも見られない悲惨な御末路と申すしかありません。 天皇幽閉、上皇|遠流などという悪例も、この時にひらかれました。兵火は、一時やんでも、戦後戦は、な....