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郷人
「郷人〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
郷人の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「宇宙の始まり」より 著者:アレニウススヴァンテ
していると主張したそうである。しかしこれ以上のことは伝わっていない。彼の偉大な同
郷人アルキメデス(Archimedes 紀元前二八七―二一二年)についても伝わっ....
「運命」より 著者:幸田露伴
て精敏、双眸烱々として、日に書を読むこと寸に盈ち、文を為すに雄邁醇深なりしかば、
郷人呼んで小韓子となせりという。其の聰慧なりしこと知る可し。時に宋濂一代の大儒と....
「最古日本の女性生活の根柢」より 著者:折口信夫
移動してきた同民族の落ちこぼれとして、途中の島々に定住した南島の人々を、すでに異
郷人と考えだしていた。その南島定住者の後なる沖縄諸島の人々の間の、現在亡びかけて....
「探偵夜話」より 著者:岡本綺堂
、溝口家にはまた一人の掛り人が殖えた。それは上林吉之助という青年で、溝口医師と同
郷人であった。吉之助はことし廿一で、実家は農であるが相当に暮らしている。かれは次....
「有喜世新聞の話」より 著者:岡本綺堂
、溝口家にはまた一人の掛り人が殖えた。それは上林吉之助という青年で、溝口医師と同
郷人であった。吉之助はことし二十一で、実家は農であるが相当に暮らしている。かれは....
「鴎外の思い出」より 著者:小金井喜美子
氏は津和野藩士ですが、中央に出て出世をなすったので、西周氏の男爵、福羽氏の子爵が
郷人の誇なのでした。福羽氏は侏儒でした。親御さんが、その体では見込がないから廃嫡....
「卵塔場の天女」より 著者:泉鏡花
「お邪魔をしました。」 八郎が剥身屋の親仁に軽く会釈をしたが、その語気は、故
郷人に対する親みぶりか、かえって他人がましい行儀だてだか、分らないうちに、庇を離....
「明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
作家になるということを非常に賛成してくれたのであった。現にかの榎本虎彦も関氏と同
郷人で、氏の紹介で桜痴居士の門に入ったのである。そんな話も出た末に、関氏はわたし....
「淡島椿岳」より 著者:内田魯庵
江戸へ逃出し、親の縁を手頼に馬喰町の其地此地を放浪いて働いていた。その中に同じ故
郷人が小さな軽焼屋の店を出していたのを譲り受け、親の名を継いで二代目服部喜兵衛と....
「鴎外博士の追憶」より 著者:内田魯庵
ハタチで才子、二十以上はタダの人というお約束通り、森の子も行末はタダの人サ、」と
郷人の蔭口するのを洩れ聞いて発憤して益々力学したという説がある。左に右く天禀の才....
「二葉亭四迷の一生」より 著者:内田魯庵
西源四郎と陸軍大尉で早世した永見松太郎の二人であった。殊に永見は同時に上京した同
郷人であるし、同じ軍人志願であったからなお更深く交際した。然るに永見は首尾よく陸....
「手長と足長」より 著者:喜田貞吉
て数千の貝子を東溟の中に撮り、其の子を嚼ひ、殻を茲の地に棄つ。委積して丘の如し。
郷人其の神を称して手長明神と謂ふ。委殻の地之を貝塚と謂ふ。其の朽貝腐殻如今なほ存....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
しを雲晴れぬ吉野の奥のさみだれの頃 〃 ながむるを同じ空とぞ知らせばや故
郷人も月は見るらむ 〃 身にかへて思ふとだにも知らせばや民の心の治めがた....
「常に自然は語る」より 著者:小川未明
て、狭小、野卑の悪感を催さない。なぜならば、これ、一人の感情ではなかったゝめだ。
郷人の意志であり、情熱であった。これを、土と人とが産んだものと見るのが本当であろ....
「フレップ・トリップ」より 著者:北原白秋
私たちはあったろう。私はまだ燥いでる一同の後ろから、この不意な、そして無遠慮な異
郷人の闖入行為を立ち竦んで恥じねばならなかった。 閑かな窓硝子からの光。濡れし....