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「野戦病院〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

野戦病院の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
首が落ちた話」より 著者:芥川竜之介
―屯《とん》の戦《たたかい》で負傷した時に、その何小二と云うやつも、やはり我軍の野戦病院へ収容されていたので、支那語の稽古《けいこ》かたがた二三度話しをした事が....
勲章を貰う話」より 著者:菊池寛
鬱な空の色が、日に日に快活な薄緑の色に変っていった。 戦線に近いプルコウにある野戦病院の患者たちも、銘々|蘇《よみがえ》ってきた春を、心のうちから貪り味わった....
爬虫館事件」より 著者:海野十三
す。この弾丸というのは、園長が沙河の大会戦で奮戦の果に身に数発の敵弾をうけ、後に野戦病院で大手術をうけましたが、遂に抜き出すことの出来なかった一弾が身体の中に残....
戦話」より 著者:岩野泡鳴
息したまま、また正気を失てしもた。そこからまた一千メートル程のとこに第○師団第二野戦病院があって、そこへ転送され、二十四日には長嶺子定立病院にあった。その間に僕....
空中漂流一週間」より 著者:海野十三
しぎなくらいだった。結局そのとき以来、「火の玉」少尉は右腕の自由を失ってしまい、野戦病院に退いて、ついに右腕を上膊から切断してしまったのである。 片腕なくなっ....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
れた敵味方の療治とその差図で、てんてこ舞をしているのであります。万字楼そのものが野戦病院みたようで、道庵先生は軍医正《ぐんいせい》といったような格でありました。....
レ・ミゼラブル」より 著者:豊島与志雄
ンにいたルイ十八世とにまでもおよんだ。モン・サン・ジャンの農家のうちに建てられた野戦病院の背後に梯隊《ていたい》をなしていたわずかな予備隊と、左翼を防いでいたヴ....
レ・ミゼラブル」より 著者:豊島与志雄
はオーアンの凹路《おうろ》から引き出され、首尾よく味方の軍隊に合することができ、野戦病院から野戦病院へ運び回され、ついにロアールの舎営地に落ち着いたのである。 ....
レ・ミゼラブル」より 著者:豊島与志雄
は火薬に黒ずみ、額には軍帽のために筋がつき、廠舎《しょうしゃ》に陣営に露営にまた野戦病院に夜を明かし、かくて二十年の出征の後に、頬《ほお》には傷痕《きずあと》を....
レ・ミゼラブル」より 著者:豊島与志雄
き直された。 人々は防寨《ぼうさい》を整え、居酒屋の下の広間を片付け、料理場を野戦病院となし、負傷者に繃帯《ほうたい》を施し、床《ゆか》やテーブルの上に散らか....
梟啼く」より 著者:杉田久女
が付添って市の外れの淋しい病院へ入れられた。そこはもと廟か何かのあとで、領台当時野戦病院にしてあったのを当り前の病院に使っているので軍医上り許りであったし外には....
停車場の少女」より 著者:岡本綺堂
たのでございます。継子さんのお兄さんは陸軍中尉で、奉天の戦いで負傷して、しばらく野戦病院にはいっていたのですが、それから内地へ後送されて、やはりしばらく入院して....
長崎の鐘」より 著者:永井隆
、編成、衛生材料の確保、食糧の調達、野営の準備、それができてから上下左右の連絡、野戦病院の位置選定だ。いずれここは艦砲射撃の弾巣になるだろう。患者を大急ぎで近郊....
母子像」より 著者:久生十蘭
と二人で二時間近くも人工呼吸をやって、いくらか息が通うようになってから、ジープで野戦病院へ連れて行きました……サイパンの最後の近いころ、三万からの民間人が、生き....
四つの都」より 著者:織田作之助
す」 庄平「うん、その後身体の方はどうだ?」 船山「至極健康であります、その節は野戦病院で軍医殿にいろ/\御厄介になり、申し訳ありません」 庄平「健康で何よりだ....