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鈴木松年
「鈴木松年〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
鈴木松年の前後の文節・文章を表示しています。該当する12件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「画学校時代」より 著者:上村松園
立先生。 南宗は文人画で主任が巨勢小石先生。 北宗は力のある四条派で、主任が
鈴木松年先生という、一流の大家ばかりでした。 私は北宗に入り、
鈴木松年先生に教....
「作画について」より 著者:上村松園
花ざかり 上村松園 秋風 水野年方 秋山喚猿
鈴木松年 秋草 寺崎廣業 水禽 川合玉堂 ....
「三人の師」より 著者:上村松園
鈴木松年先生 私にとっては
鈴木松年先生は一番最初の師であり、よちよちあるきの幼....
「画筆に生きる五十年」より 著者:上村松園
画学校では人物画は一番難しいものとして、最後に教えることになっておりました。師の
鈴木松年先生が私の心持を知って、 「それほど人物が好きなら学校の帰りに私の処にお....
「雷同性に富む現代女流画家」より 著者:上村松園
あります。私は今の美術学校の前身である画学校で絵を習いましたが、その時分の先生が
鈴木松年さんで、なかなか筆の固い人で、虎とか羅漢とか松とかと、そんなものばかり描....
「棲霞軒雑記」より 著者:上村松園
松園という雅号は
鈴木松年先生が、先生の松の一字をとって下さったのと、絵を学びはじめたころ、私の店....
「最初の出品画」より 著者:上村松園
れの師の目にとまった絵が自選の形式で出品されていたわけである。 そのようにして
鈴木松年先生の塾からもたしか十五、六枚出されたように記憶している。 しかし東京....
「明治懐顧」より 著者:上村松園
野楳嶺、岸竹堂、今尾景年、森寛斎、森川曾文等諸先生の社中がありましたが、ここでは
鈴木松年社中を例として述べてみたいと思います。 今日でいう画塾の研究会というの....
「冷かされた桃割娘」より 著者:上村松園
十三の歳に今の京都ホテルのところにあった府立画学校に入りましたが、一年程して
鈴木松年さんの塾に移りました。 この松年さんの塾とそのお父さんの百年さんの塾と....
「随想」より 著者:上村松園
、十三歳の頃京都の画学校に入ったが、その時分の学校は今の京都ホテルの処にあって、
鈴木松年先生が北宗画の教授をされていた。半季ほどたってこの学校に改革が起こって松....
「今日になるまで」より 著者:上村松園
でした。十四の年に親類の承知しない画学校へ入学さして貰ったのです。 私の師匠は
鈴木松年先生が最初で、人物を習い、次に幸野楳嶺先生に花鳥を習い、次に竹内栖鳳先生....
「想い出」より 著者:上村松園
玉泉先生、西宗は西洋画で田村宗立先生、南宗は巨勢小石先生、北宗は力のある四条派で
鈴木松年先生がそれぞれ主任でした。私はこの北宗の松年先生に師事致しました。女学生....