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鏑木
「鏑木〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
鏑木の前後の文節・文章を表示しています。該当する14件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「葱」より 著者:芥川竜之介
壁には、いずれも雑誌の口絵らしいのが、ピンで三四枚とめてある。一番まん中なのは、
鏑木清方《かぶらぎきよかた》君の元禄女《げんろくおんな》で、その下に小さくなって....
「渋江抽斎」より 著者:森鴎外
佐野氏お松さんは四十八歳、女乙女さんは十七歳である。乙女さんは明治四十一年以降|
鏑木清方に就いて画を学び、また大正三年|以還跡見女学校の生徒になっている。 第....
「菊人形」より 著者:宮本百合子
住居や習慣は、樋口一葉が「にごりえ」などでかいた雰囲気の中のものだった。そして、
鏑木《かぶらぎ》清方の插画の風情のものだった。そういうことがわかったのは、ゆきの....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
、芳年が最後のものかも知れない。 転じて大正年間、生存の美人画家……芳年系統の
鏑木《かぶらぎ》清方、京都の上村松園、いずれも腕はたしかで、美しい人を描くには描....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
分になって柳橋あたりへ、飲み直しに行こうとするものとも思われない。第六天の神主の
鏑木甲斐《かぶらぎかい》という人が、かなり飲《い》ける方で、道庵とも話が合うのだ....
「寺内の奇人団」より 著者:淡島寒月
出入によほど不自由でしたが、それでもかなり長く住んでいました。後になっては画家の
鏑木雪庵さんに頼んで、十六羅漢の絵をかいて貰って、それを陳列して参詣の人々を仁王....
「諸国の玩具」より 著者:淡島寒月
号し、人はヘベさん/\といってました。それから水族館の辺に下岡蓮杖さん、その先に
鏑木雪庵、広瀬さんに椿岳なんかがいました。古い池の辺は藪で、狐や狸が住んでいた位....
「獄中への手紙」より 著者:宮本百合子
は女の子は辛いだろうから。※ 十一月二十五日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(
鏑木清方筆「鰯」の絵はがき)〕 十一月二十五日、これが例の清方の鰯です。画面の....
「天井裏の妖婆」より 著者:田中貢太郎
鏑木清方画伯の夫人が産褥熱で入院した時の話である。 その夫人が入院した時は夜で....
「好きな髷のことなど」より 著者:上村松園
揚巻 日清戦争頃から明治三十年前後にかけて揚巻が流行りました。先年|
鏑木清方さんが帝展に出された「築地明石町」の婦人が結ってたのがそれですが、今でも....
「幕末維新懐古談」より 著者:高村光雲
都|高辻富小路の仏師の悴で、今は郷里に帰っており、次に奈良多門町の大経師の悴で、
鏑木寅三郎君は紫雲と号す。これは昨年卒業し、現在府下滝の川の自宅にて勉強しつつあ....
「明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
である。それは十一月のなかば過ぎから開場した芝居で、わたしは松居松葉、岡鬼太郎、
鏑木清方の諸君と、たしかその四日目を平土間で見物したように記憶している。なにしろ....
「想い出」より 著者:上村松園
いました。 私が初めて東京へ行きましたのは、三十二か三の時分で、平和博覧会に、
鏑木清方さんが〈嫁ぐ日〉を描かれたのを拝見する為に上京したのが初めてでございます....
「早稲田神楽坂」より 著者:加能作次郎
で幽郊という号なんか持っているが、発句よりも天ぷらの方がうまそうだ。泉鏡花さんや
鏑木清方さんなどは今でも贔屓にしておられるそうで、鏡花の句、清方の絵、両氏合作の....