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長歌
「長歌〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
長歌の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「骨董」より 著者:幸田露伴
、正徳十五年七峯が蘭亭の古のように修禊の会をした時は、唐六如が図をつくり、兼ねて
長歌を題した位で、孫氏は単に大富豪だったばっかりでなかったのである。そこでその定....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
らく寂しい奥山の方へ行こうとした。 王滝の方へ持って行って神前にささげるための
長歌もできた。半蔵は三十一字の短い形の歌ばかりでなく、時おりは
長歌をも作ったので....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
ありませんでしたよ。わたしも興奮しましてね、あの翌晩もひとりで起きていて、旧作の
長歌を一晩かかって書き改めたりなぞしましたよ。」 ちょうどその時、年寄役の伊之....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
、それで済みそうだった。半蔵はひとり一室に退いて、総督一行のために祈願をこめた。
長歌などを作り試みて、それを年若な岩倉の公子にささげたいとも願った。 夕方が来....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
聞こえた。半蔵もまたその中に加わって、心からなる奉祝のまことをわずかに左の一編の
長歌に寄せた。 八隅ししわが大君、かむながらおもほし召して、大八洲国の八十国、....
「詩の原理」より 著者:萩原朔太郎
た日本の詩は、後に*支那との交通が開けてから、始めて万葉集に見る七五音の定形律(
長歌及び短歌)の形式を取るに至った。しかもこの定形律は、韻文として極《きわ》めて....
「死者の書」より 著者:折口信夫
ざりましょう。 当麻路に墓を造りました当時、石を搬ぶ若い衆にのり移った霊が、あの
長歌を謳うた、と申すのが伝え。 当麻語部媼は、南家の郎女の脅える様を想像しながら....
「万葉秀歌」より 著者:斎藤茂吉
選ぶ態度は大体すぐれた歌を巻毎に拾うこととし、数は先ず全体の一割ぐらいの見込で、
長歌は罷めて短歌だけにしたから、万葉の短歌が四千二百足らずあるとして大体一割ぐら....
「西鶴と科学」より 著者:寺田寅彦
を向けていたように思われる。その一例とも見られるのは、『諸国咄』の中の「忍び扇の
長歌」に、ある高貴な姫君と身分の低い男との恋愛事件が暴露して男は即座に成敗され、....
「夢は呼び交す」より 著者:蒲原有明
や、芋のひとつさへ たふときろかも。 鶴見は控帳を検めて見た。控帳には当時この
長歌を書き放しておいたきり、まだ題名さえも附けていなかった。それをありのままに「....
「南国太平記」より 著者:直木三十五
雷発させるんだ。ええか――」
一人は、真赤な顔をして、扇を、膝の上へ正して
「
長歌」
と、叫んだ。
鳥が鳴く、東の国に
行き向い、千々の心を、尽しつつ
荒....
「田沢稲船」より 著者:長谷川時雨
」を発表してもらったが、自分が悪かったということばかりいっている、しどろもどろの
長歌みたいなものだった。 恋とはそうしたものか、そんな中でも、美妙へは消息して....
「詩語としての日本語」より 著者:折口信夫
であった。ある人々は、七五調四行の今様を準拠としようとし、ある人々は、五七連節の
長歌によろうとした外は、漠然と西洋詩型に、生命を托しようとした。併し日本語をば西....
「江戸芸術論」より 著者:永井荷風
、庭園、海浜等の風景を描き出《いだ》しぬ。これらの山水画的|後景《こうけい》は清
長歌麿に及びて益※進歩し、遂に北斎広重に至つて純然たる山水画をなせり。 次に記....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
をそのまま採り入れたことを示しているものである。随ってまた、短歌四千百七十三首、
長歌二百六十二首、旋頭歌六十一首という数は、そのまま三つの歌体の、歌謡または文字....