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長谷部
「長谷部〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
長谷部の前後の文節・文章を表示しています。該当する13件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「或敵打の話」より 著者:芥川竜之介
ねて、同じ紬の紋付の羽織の下に細い革の襷《たすき》をかけた。差料《さしりょう》は
長谷部則長《はせべのりなが》の刀に来国俊《らいくにとし》の脇差《わきざ》しであっ....
「十二支考」より 著者:南方熊楠
。とばかりでは面白うないから、何か珍説を申そう。 三年前、南洋の各地を視察した
長谷部博士の説に、トルク島人闘う時|対手《あいて》やその近親の陰部に関し聴くに堪....
「世代の価値」より 著者:宮本百合子
。 このウエルズの文化史大系が、よりまとまりよく整えられて「世界文化史概観」(
長谷部文雄訳上下二冊岩波新書)となって発行されている。この概観は初め一九二二年に....
「浮かぶ飛行島」より 著者:海野十三
っはっはっはっ」 のっぽの川上機関大尉は笑いながら、ぬっと室内に入る。 「おい
長谷部。これを持ってきた」 と、酒壜を眼の前へさし出せば、
長谷部大尉は眼をみは....
「現代唯物論講話」より 著者:戸坂潤
実訳・河上肇訳)。
〔 Engels, F. : Anti-Du:hring〕(
長谷部文雄訳)。
レーニン研究所編、レーニン著『マルクス・エンゲルス・マルクス....
「辞典」より 著者:戸坂潤
s Umwa:lzung der Wissenschaft〕, 11 1921(
長谷部文雄訳『反デューリング論』二巻、昭和六―七年)。ミーチン・ラズウモフスキー....
「社会時評」より 著者:戸坂潤
大の学生其他が上を下への運動や動揺の最中、突然、同志社大学の法学部の住谷悦治氏と
長谷部文雄氏、それから予科の松岡義和氏、の諸教授が検挙されたのである。ことに住谷....
「霊界通信 小桜姫物語」より 著者:浅野和三郎
まり良くもありませぬが、眼元の愛くるしい、なかなか悧溌な児でございました。身元は
長谷部某と呼ぶ出入りの徒士の、たしか二|番目の娘だったかと覚えて居ります。 私....
「或る素描」より 著者:豊島与志雄
長谷部といえば、私達の間には有名な男だった。 或る時、昼食後の休憩の間に、一時....
「自由人」より 著者:豊島与志雄
に勝手気儘すぎる。ちょっと当ってみる必要はあった。 一年あまり前、菅原は京都の
長谷部先生の手紙を持って天元社にやって来た。この
長谷部先生は、佐竹が最も尊敬して....
「明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
位」を上場した。今度は一番目に据えられた五幕つづきの大作で、左団次は源三位頼政と
長谷部信連と出羽判官光長の三役をつとめたが、そのなかでも信連の大立廻りが最も好評....
「古事記」より 著者:太安万侶
人です。そのハタノヤシロの宿禰は波多の臣・林の臣・波美の臣・星川の臣・淡海の臣・
長谷部の君の祖先です。コセノヲカラの宿禰は許勢の臣・雀部の臣・輕部の臣の祖先です....
「黒田如水」より 著者:吉川英治
この刀の由来を後に「黒田重宝故実」に依ってみると、こう記してある。 ――御刀は
長谷部国重の作、二尺一寸四分。信長公故あつて管内といふ者をお手討ありし折、管内恐....