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「開国〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

開国の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
後世への最大遺物」より 著者:内村鑑三
一生懸命に働いて拵《こしら》えた金で建てた孤児院でございます。その時分はアメリカ開国の早いころでありましたから、金の溜め方が今のように早くゆかなかった。しかし一....
運命」より 著者:幸田露伴
れども、元勲|国舅たるを以て誅する能わず、爵を削って之を私第に幽するのみ。輝祖は開国の大功臣たる中山王徐達の子にして、雄毅誠実、父|達の風骨あり。斉眉山の戦、大....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
統領の書翰を呈したいとあるなら長崎の方へ行けと諭した。けれども、アメリカが日本の開国を促そうとしたは決して一朝一夕のことではないらしい。先方は断然たる決心をもっ....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
二 新時代の幕はこんなふうに切って落とされた。兵庫神戸の新しい港を中心にして、開国の光景がそこにひらけて来た。それにはまず当時の容易ならぬ外国関係を知らねばな....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
てられるほどの世の中になって来ていた。 かくも大きな洪水が来たように、慶応四年開国以来のこの国のものは学問のしかたから風俗の末に至るまでも新規まき直しの必要に....
登山の朝」より 著者:辻村伊助
八月一日はブンデスタークだ、スウィス開国の記念日である。 二階の寝室で目ざましがチリチリ鳴り出した、腕時計の針はち....
安吾下田外史」より 著者:坂口安吾
タマモノであった。 当時日本と同じように鎖国していた支那では、イギリスが武力で開国を迫って阿片戦争を起した直後である。アメリカの輿論も支那と同様日本も武力で開....
私の小売商道」より 著者:相馬愛蔵
えなくてはならぬことである。 なぜ米国はあんな大げさな宣伝をするのか、米国は新開国であるため、長年の歴史によって世人を信用せしむる老舗がない。よって人を信用せ....
瘠我慢の説」より 著者:石河幹明
の外国人は日本国をいかに見たるやというに、そもそも彼の米国の使節ペルリが渡来して開国を促したる最初の目的は、単に薪水食料を求むるの便宜を得んとするに過ぎざりしは....
瘠我慢の説」より 著者:木村芥舟
木村芥舟先生は旧幕府旗下の士にして摂津守と称し時の軍艦奉行たり。すなわち我|開国の後、徳川政府にて新に編製したる海軍の長官なり。 日本海軍の起源は、安政初....
ハイカラ考」より 著者:木村荘八
馴れにならないローブ・デコルテの洋装に身なりをお改めなすったのは、――辱けなや、開国文明のためである。 明治天皇は十八歳のお年(明治二年)までに、東海道を往復....
三十年前の島田沼南」より 著者:内田魯庵
は沼南外遊中からの夫人の芳ばしからぬ噂であった。ツイその数日前の或る新聞にも、「開国始末」で冤を雪がれた井伊直弼の亡霊がお礼心に沼南夫人の孤閨の無聊を慰めに夜な....
二葉亭四迷の一生」より 著者:内田魯庵
々廻附してもらいたいといった。私は大いに同感を表して、取敢えず手許に有合わした『開国五十年史』を贈り、註文次第何でも送ると快諾したが、露西亜へ着いてから尚だ一回....
チベット旅行記」より 著者:河口慧海
言えば命をあずかって居ることになって居るから待遇は誠に好くするです。 どうも半開国俗の時の流行を逐うことは意外なもので、其事が尊き辺まで達しまして一日私を招待....
福沢諭吉」より 著者:高山毅
ったのです。 嘉永六(一八五三)年の六|月に、アメリカからペリーがやってきて、開国をせまったことは、まえにかいておきましたが――幕府は、一|年のちに神奈川(い....