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「開山〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

開山の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
鯉魚」より 著者:岡本かの子
づめ》に臨川寺《りんせんじ》という寺があります。夢窓国師《むそうこくし》が中興の開山で、開山堂に国師の像が安置してあります。寺の前がすぐ大堰川の流で「梵鐘《ぼん....
茶の本」より 著者:岡倉覚三
っているとおりの禅の教理は南方禅(南方シナに勢力があったことからそういわれる)の開山シナの第六祖|慧能(六三七―七一三)が始めて説いたに違いない。慧能の後、ほど....
綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
は有名な寺が多い。まず第一には目黒不動として知られている下目黒の瀧泉寺、祐天上人開山として知られている中目黒の祐天寺、政岡の墓の所在地として知られている上目黒の....
出家とその弟子」より 著者:倉田百三
僧三 それは皆ほんとうです。私たち信者の何人も経験する実感です。 僧一 昔からの開山たちが、一生涯貧しくしかも悠々として富めるがごとき風があったのは、昔心の中に....
不尽の高根」より 著者:小島烏水
後まで戻させ、手軽なリュックサックを提げて町を歩きだした。さすがに上吉田は、明藤開山、藤原|角行(天文十年―正保三年)が開拓して、食行身禄(寛文十一年―享保十八....
みさごの鮨」より 著者:泉鏡花
て、見えぬ目を上ねむりに見据えたが、 「うんにゃ、道理じゃ。俺も阿弥陀仏より、御開山より、娘の顔が見たいぞいの。」 と言うと、持った杖をハタと擲げた。その風采....
諸国の玩具」より 著者:淡島寒月
空鉄砲の音に驚かされて、奥山の鳩が一羽もいなくなった事がありました。奥山見世物の開山は椿岳で、明治四、五年の頃、伝法院の庭で、土州山内容堂公の持っていられた眼鏡....
取返し物語」より 著者:岡本かの子
う』 源右衛門『恐れ入りましてございます。御用の筋は』 蓮如『源右衛門。そなたは開山聖人さまの御影像に就いて何か噂を聞き込みはせぬか』 源右衛門『そのことでござ....
目黒の寺」より 著者:岡本綺堂
は有名な寺が多い。先ず第一には目黒不動として知られている下目黒の滝泉寺、祐天上人開山として知られている中目黒の祐天寺、政岡の墓の所在地として知られている上目黒の....
二葉亭追録」より 著者:内田魯庵
とせず」とポーロ擬きに宣言したのはやはり文人としての国士的表現であった。町人宗の開山|福沢翁が富の福音を伝道しつつも士魂商才を叫んだ如く、当時の青年はコンパスや....
皇海山紀行」より 著者:木暮理太郎
不幸にして此山の記事がない。が、追貝村の書上の水脈と題する欄に、 栗原川ハ源ヲ皇開山間ニ発シ、千屈万曲、本村ノ西南ヲ流レ、大楊村トノ地勢ヲ両断シ、終ニ片品川ニ注....
穂高岳槍ヶ岳縦走記」より 著者:鵜殿正雄
るため、幾部分汚されてるが、世に知られないのは穂高の幸か、空海も、播隆(槍ヶ岳の開山和尚)も、都合よく御開帳に出っくわせなかったろう、とこしなえにこのままの姿で....
サンカ者名義考」より 著者:喜田貞吉
袋中和尚の著わしたものである。和尚はその名を良定と云い、京都三条畷の檀王法林寺の開山で、寛永十一年の当時九十一歳の老齢であった。その書名の泥※之道」は、死者の葬....
チベット旅行記」より 著者:河口慧海
の仕方ですから博士と意見が合わんでしばしば激論したのであります。この両性交合教の開山は蓮華生という僧侶でありますが肉も喰えば酒も飲み八人の妻君を持って居った人で....
現代茶人批判」より 著者:北大路魯山人
久吉翁である。もともとこの人土俵の外に投げ出されたとて敗けたとはいわぬという日下開山、これが名越の自邸に築窯したのである。仁清を再現さそう、志野を作りたい、井戸....