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陽明学
「陽明学〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
陽明学の前後の文節・文章を表示しています。該当する10件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「青年」より 著者:森鴎外
く。そこへ超越的な方面が加わって来ても、老荘を始として、仏教渡来以後の朱子学やら
陽明学というようなものになるに過ぎない。西洋で言って見ると希臘の倫理が Plat....
「イデオロギー概論」より 著者:戸坂潤
故意にか無視することによって人々は、東洋哲学的諸範疇――例えば国学的・朱子学的・
陽明学的・仏教的・等々――を欧洲哲学的諸範疇に取って代わらせたり、後者を前者に強....
「現代日本の思想対立」より 著者:戸坂潤
的な精神主義もあれば日本的農本主義もあり、制度学派もあった。王道主義者もいれば、
陽明学派もあるというわけであり、日本主義者もあれば亜細亜主義者も東洋主義者もあっ....
「開運の鼓」より 著者:国枝史郎
とが出来ず、錦の衣裳を纒ったまま飢え死にをした能役者もあった。元大坂の吟味与力の
陽明学者の大塩平八郎が飢民救済の大旆のもとに大坂城代を焼き打ちしたのはすなわちこ....
「十二神貝十郎手柄話」より 著者:国枝史郎
れに彼は学者であった、とは云え天保年間の、大塩中斎というような、ああいう厳めしい
陽明学者ではなく、いうところの軟文学者――いうところの俗学者であった。でその方面....
「大鵬のゆくえ」より 著者:国枝史郎
はなく鳶の産んだ鷹の方で遊芸は好まず放蕩は嫌い、好きなものは武道と学問。わけても
陽明学を好み、傍ら大槻玄沢の弟子杉田|忠恕の邸へ通って蘭学を修めようというのだか....
「光り合ういのち」より 著者:倉田百三
島県下で文化が高く、私たちは小学校で英語をやり、近藤先生の漢学塾、格致学院という
陽明学派の塾があり、綾目女塾という女子の塾もあった。学芸の気風が流れていた。姉た....
「文化史上より見たる日本の数学」より 著者:三上義夫
ておった。朱子学派は当時の哲学であって、最も広まっているけれども、古学派もあれば
陽明学派もあり、儒学の流行は広く全国各地に行き渡って、決して和算の広まったくらい....
「自由の真髄」より 著者:新渡戸稲造
するところは各自には冒すべからざる所信または思想がある。その深い所を良心といい、
陽明学者のいう良知、人の人たる本心、孟子のいう是非の心、時には自分の一部でないよ....
「日本文化の特殊性」より 著者:戸坂潤
初めから教学の政治的教化性能と結びついていた。そして徳川期に於ける朱子学、古学、
陽明学などは、最も典型的な士大夫(恐らく古代支那=西周に於ては君子と共に社会支配....