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雑事
「雑事〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
雑事の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「仮装観桜会」より 著者:佐左木俊郎
めながら叫んだ。そして、彼はすぐ河本《かわもと》老人を呼んだ。河本老人は前田家の
雑事のために、毎日彼の家へ通ってきている海軍上がりの老人であった。 「河本! す....
「食魔」より 著者:岡本かの子
人ほどの子供もだんだん欠けて行き、末の子の婚期に入ったほどの娘が一人残って、塾の
雑事を賄っていた。貧血性のおとなしい女で、伯母に叱られては使い廻され、塾の生徒の....
「応仁の乱」より 著者:菊池寛
十三度も徳政令を出して居る。 「九月二十一日、就中土一揆|乱焼失」(『大乗院寺社
雑事記』) 加るに鎮圧に赴いた将士の部下が、却って一揆に参加して諸処に強奪を働....
「学生時代」より 著者:幸田露伴
の間――左様です、十六七の頃に通学した事のある漢学や数学の私塾の有様や、其の頃の
雑事や、同じ学舎に通った朋友等の状態に就いてのお話でも仕て見ましょう。今でも其の....
「退歩主義者」より 著者:坂口安吾
があるものだ。然し、バカはメッタにいないものなのである。一平は女房に逃げられて、
雑事に不自由していたので、とりあえず下男代りにコキ使うことにした。が、さすがの彼....
「夢は呼び交す」より 著者:蒲原有明
続は引受けたといって、父親をよろこばした。この父親は他の世話はよくしても、身辺の
雑事で面倒を見るということが何よりも嫌いなのである。 鶴見は父が死ぬまでに、区....
「智恵子の半生」より 著者:高村光太郎
してしまう。そういう日々もかなり重なり、結局やっぱり女性である彼女の方が家庭内の
雑事を処理せねばならず、おまけに私が昼間彫刻の仕事をすれば、夜は食事の暇も惜しく....
「鴎外の思い出」より 著者:小金井喜美子
したから。その出発については、出来るだけのことをして、土産も持たせ、費用その外の
雑事はすべて次兄が奔走しました。前晩から兄と次兄と主人とがエリスと共に横浜に一泊....
「画筆に生きる五十年」より 著者:上村松園
うようにというお話もありました。 早春二月から、一切の頼まれものはお断わりし、
雑事を排して、専心、上納画の下絵にとりかかりました。藤原時代の衣裳の考証に、ある....
「くぐつ名義考」より 著者:喜田貞吉
行(或いは単に横行)、アルキ神子、アルキ白拍子などの名称が中古に存し(大乗院寺社
雑事記、本誌四巻一号六頁)、その土着したものに後世まで行筋なる名称が遺っていると....
「手長と足長」より 著者:喜田貞吉
下官・内府等、皆手長之。 吾妻鏡、康元二年二月二日条、 仲家役送。 大乗院寺社
雑事記、文明十二年七月二日条、 寺務前手長。 など、この外にも所見すこぶる多....
「サンカ者名義考」より 著者:喜田貞吉
ない。蔭涼軒日録文正元年二月八日条には、有馬温泉場の坂の者の名も見え、大乗院寺社
雑事記には応仁・文明頃の奈良|符坂寄人の事を坂衆・坂座衆、或いは坂者などとも書い....
「春雪の出羽路の三日」より 著者:喜田貞吉
地方と同じく、皮革を扱う旧特殊民をラクといっていたそうな。これは本誌一月号「庄内
雑事」中に書いておいた通り、牛馬医たる伯楽の略称であるに相違ない。去る一月二十八....
「賤民概説」より 著者:喜田貞吉
て報謝の手の内に生きるのである。この鉦打は鉢叩きの徒と同じく、「興福寺大乗院寺社
雑事記」には、七道の者と称する中に収め、唱門師たる非人頭支配の下に属する非人と見....
「俗法師考」より 著者:喜田貞吉
が増してきて、ついには声聞と呼ばれる一階級をなしたものと解せられる。『大乗院寺社
雑事記』には、多くの場合単に「唱門」(あるいは声聞とも)とのみあって、唱門師とは....