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霖
「霖〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
霖の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
れはお北が眼に見えない妖怪におびやかされてから五日ほど後のことであった。初冬の長
霖《ながじけ》がようやく晴れたので、どこの井戸端でもおかみさん達が洗濯物に忙がし....
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
いう男の人相や年頃を詳しく訊いて、その足で更に今戸の裏長屋をたずねた。この頃の長
霖雨《ながじけ》で気味の悪いようにじめじめしている狭い露路の奥へはいって、良次郎....
「間諜座事件」より 著者:海野十三
てはいけない。実はその間諜一味は××人なのである。本来ならば「丸木花作事本名張学
霖は……」といった風に書くのが本当なのであるが、それを一々書くのが、煩しい程、×....
「青蛙堂鬼談」より 著者:岡本綺堂
かの座頭がこの渡し場に初めてその姿をあらわしてから十一年目の秋である。八月の末に
霖雨が降りつづいたので、利根川は出水して沿岸の村々はみな浸された。平助の小屋も押....
「小田原陣」より 著者:菊池寛
たことは当時の戦記の到る所に散見して見える。 十重二十重に囲まれ、その上連日の
霖雨であるから、いくら遊び事をして居たって、城内の諸士が相当に腐ったのは想像出来....
「武装せる市街」より 著者:黒島伝治
こう書いてある。 もう一方の窓の上の壁には、人民から強奪、強姦して国を売る張作
霖の漫画と、共産党とソヴェートロシアを、「共産賊党」「赤色帝国主義」と称している....
「中国怪奇小説集」より 著者:岡本綺堂
の太祖の開宝末年に一度行幸の事があったが、何分にも古御所に怪異が多く、又その上に
霖雨に逢い、旱を祷ってむなしく帰った。 それから宣和年間に至るまで年を重ぬるこ....
「中国怪奇小説集」より 著者:岡本綺堂
文正公が読書の地として知られ、公の祠は今も仏殿の東にある。 康煕年間のある秋に
霖雨が降りつづいて、公の祠の家根からおびただしい雨漏りがしたので、そこら一面に湿....
「愛と認識との出発」より 著者:倉田百三
紙をO市の友に幾度出したかもしれない。淋しさと怖ろしさとに迫られては筆をとった。
霖雨のじめじめしい六月が来た。その万物を糜爛せしめるような陰鬱な雨は今日も今日も....
「水の女」より 著者:折口信夫
授かろうとする者どもはもとより、受戒者もおなじく禁欲生活を長く経なければならぬ。
霖雨の候の謹身であるから「ながめ忌み」とも「雨づゝみ」とも言うた。後には、いつで....
「沙漠の古都」より 著者:国枝史郎
れたのみならず南方は広東でも民党の有力者が殺された。そうかと思うと北方では、張作
霖の将士が殺された。 誰も彼も全く同一の、不思議な殺され方で死ぬのであった。す....
「寡婦」より 著者:秋田滋
多くて陰気だった。赧い落葉は、踏む足のしたでカサとの音もたてず、降りつづく陰欝な
霖雨にうたれて、轍のなかで朽ちていた。 あらまし葉をふるいつくした森は、浴室の....
「妖怪学」より 著者:井上円了
甘雨を降らし、庶物は群生して、みなその所を得)の文を唱うるなり。 (二二)
霖雨の節、晴れを祈る法 その法は、「天生五穀以養人民今天雨不止用傷五穀如何如何....
「南半球五万哩」より 著者:井上円了
んばかりである。) 和蘭野望(和蘭の野を望む) 車入和蘭路、海牙城外煙、夜来
霖雨歇、春水漲。 (車は和蘭の路に入れば、海牙郊外は霞がたちこめていた。昨夜から....
「戦争史大観」より 著者:石原莞爾
佐らがいたように覚えている。この会議はすこぶる重大意義を持つに至った。それは張作
霖爆死以後の状況を見ると、どうも満州問題もこのままでは納まりそうもなく今後、何か....