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驍名
「驍名〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
驍名の前後の文節・文章を表示しています。該当する7件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「旗本退屈男」より 著者:佐々木味津三
人これを破りうる者がなく、七人が七人悉く敢ない最期をとげたので、早乙女主水之介の
驍名《ぎょうめい》はその時うけた三日月形の傷痕と共に、たちまち江戸御府内を蔽うに....
「右門捕物帖」より 著者:佐々木味津三
してみるまでもないことで、敬四郎の名まえの初耳であるのに反し、わがむっつり右門の
驍名《ぎょうめい》は但馬守にもすでに旧知の名まえでしたから、まず最初に右門が面接....
「田原坂合戦」より 著者:菊池寛
のだから、薩軍の不利は最初から明白であったが、しかし当時は西郷の威名と薩摩隼人の
驍名に戦いていたのであるから、朝野の人心|恟々たるものであったであろう。 熊本....
「小説 不如帰 」より 著者:徳冨蘆花
こと配れる眼は片岡陸軍中将の家に注ぎぬ。片岡中将としいえば、当時予備にこそおれ、
驍名天下に隠れなく、畏きあたりの御覚えもいとめでたく、度量|濶大にして、誠に国家....
「李陵」より 著者:中島敦
《とら》を格殺《かくさつ》したり岩に矢を立てたりした飛将軍《ひしょうぐん》李広の
驍名《ぎょうめい》は今もなお胡地《こち》にまで語り伝えられている。陵が厚遇を受け....
「ああ玉杯に花うけて」より 著者:佐藤紅緑
かった。 そのころ生蕃は得意の絶頂にあった、かれが三年のライオンを征服してから
驍名校中にとどろいた。かれは肩幅を広く見せようと両ひじをつっぱり、下腹を前へつき....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
ものだが、長州方は、軽快な筒袖のだんぶくろみたようなものだ。そこで、関ヶ原では、
驍名《ぎょうめい》を轟《とどろ》かした井伊の赤備えなんぞも、奇兵隊のボロ服にかか....