高杉晋作[語句情報] » 高杉晋作

「高杉晋作〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

高杉晋作の前後の文節・文章を表示しています。該当する10件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
仇討禁止令」より 著者:菊池寛
の小泉主膳の家に、家中の若い武士が、十二、三人集っていた。 小泉主膳は、長州の高杉晋作が金刀比羅宮の近くにある榎井村の日柳燕石の家に滞在していたとき、二、三度....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
くら防長の連中だって、この国の分裂を賭してまでイギリスに頼ろうとは言いますまい。高杉晋作なんて評判な人物が舞台に上って来たじゃありませんか。下手なことをすれば、....
近世快人伝」より 著者:夢野久作
人である実例を見ても容易に首肯出来るであろう。 維新前の黒田藩には、西郷南洲、高杉晋作に比肩すべき大人物がジャンジャン居た。流石の薩州も一時は筑前藩の鼻息ばか....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
ほどは知らず、仏頂寺の剣は当時に鳴り響いたものです。 この仏頂寺弥助と、長州の高杉晋作とが試合をしたことがある。その前に、高杉晋作が、はじめ佐久間象山に謁見《....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
る、君でも行けば、この際、大いに歓迎するだろう」 「なかなか」 「奇兵隊を率ゆる高杉晋作なども、まんざら知らぬ面でもあるまいから、訪ねて行ったら面倒を見てくれる....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
いう観念のない時には、東西南北そのものが指針とはならないのです。 長州の奇傑|高杉晋作《たかすぎしんさく》は、「本日東西南北に向って発向仕り候」と手紙に書いた....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
た、あれで、鎧を着て戦争をしようてんだからスサまじい」 「そこへ行くと、長州には高杉晋作なんてエラ物《ぶつ》がいて、幕府の兵隊の足許を見くびっちゃって、鼻唄まじ....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
三十九歳 大久保利通 三十七歳 木戸孝允 三十三歳 三条実美 三十歳高杉晋作 二十九歳 伊藤俊輔 二十六歳 品川弥二郎 二十五歳 坂本竜馬....
鳴雪自叙伝」より 著者:内藤鳴雪
州方には大島郡に幕布方が討ち入ったと聞いたので、それは捨て置けぬといって、有名な高杉晋作などが軍隊を率いて密に海路を経て島の後へ渡った。それを我軍は少しも知らず....
尊攘戦略史」より 著者:服部之総
れたのか、その逆なのかは、偉人史観論者にとっては大問題だ。 長藩はこの年正月|高杉晋作《たかすぎしんさく》の挙兵によってふたたび藩士尊攘派の手に帰した。しかし....