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「黄瀬川〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

黄瀬川の前後の文節・文章を表示しています。該当する6件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
小田原陣」より 著者:菊池寛
道から、上杉景勝、前田利家は東山道から潮の様に小田原指して押しよせた。「先陣既に黄瀬川、沼津に著ぬれば、後陣の人は、美濃、尾張にみちみちたる」とあるくらいだから....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
肥後の白川《しらかわ》、都近くは江口、神崎《かんざき》、東海道の駅々には、大磯、黄瀬川《きせがわ》、池田などに名を謳《うた》われた。遊女屋としてやや体《たい》を....
映画と民族性」より 著者:伊丹万作
差であつて、それがただちに文化の高低を意味するものではない。 かつて安田靱彦は黄瀬川の陣に相会する頼朝義経の像を画いて三代美術の精粋をうたわれたが、殊に図中頼....
私本太平記」より 著者:吉川英治
遊女の手へと、夜ごと引き継がれてゆくような旅だった。――ここから先にも、清見潟、黄瀬川、足柄、大磯小磯、そして鎌倉口の仮粧坂まで、ほとんど道の辺の花を見かけない....
私本太平記」より 著者:吉川英治
失のなだれは加速度を加えるばかりで、その群影は――御殿場――御坂――佐野ヶ原――黄瀬川べりと、止まるところを知らなかった。 しかも雑兵輩は、こんな潰滅状態のな....
随筆 新平家」より 著者:吉川英治
の序戦においては、早くも平家の総敗退となった。鎌倉の新府には、手斧初めの声高く、黄瀬川の夕べ、奥州平泉から駈けつけた源九郎義経と、頼朝とが初めて兄弟の名のり合い....