» ペケ

「ペケ〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

ペケの前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
なずいた。 「そいつは何とか早く埓を明けてやらなけりゃあいけますめえ。日本の役人ペケありますなんて、毛唐人どもに笑われちゃあ癪ですからねえ」 「大きく云やあ、そ....
明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
力――桜痴居士の別宅――竹葉のうなぎ――ペエペエ役者――行儀の好い人 川上のオッペケ節 壮士芝居の出現――川上の東京乗込み――チョボ入りの史劇――筒袖に陣羽織―....
恭三の父」より 著者:加能作次郎
中々食べかけなかった。 「山高帽子が流行して、 禿げた頭が便利だね。オッペケペ……」 こう唄って「ハハゝゝ」と大声に笑った。 母はもどかしそうに、 ....
アイヌ宗教成立の史的背景」より 著者:知里真志保
と考えられる神謡の形式や内容の検討からも、その神謡から発達したと考えられる「ウエペケレ」と呼ぶ散文の物語の内容からも、またそういう神謡や物語に示されている神々の....
永日小品」より 著者:夏目漱石
た奴だけはみんな浮いちまうんです。それを支那人の野郎|笊《ざる》でしゃくってね、ペケだって、俵《ひょう》の目方から引いてしまうんだからたまりません。私は傍《そば....
日清戦争異聞(原田重吉の夢)」より 著者:萩原朔太郎
腰になったところで、味方の日本兵が洪水《こうずい》のように侵入して来た。 「支那ペケ、それ、逃げろ、逃げろ、よろしい。」 こうして平壌は占領され、原田重吉は金....
マダム貞奴」より 著者:長谷川時雨
の風俗人情、思想をいちはやく紹介した川上の事業はとにかく成功した。かげでこそオッペケペなぞと旗上げ当時を回想して揶揄《やゆ》するものもあったが、演劇界に新たな一....
Moods cashey」より 著者:服部之総
た。 上海ではいまでもサランパンというピヂン・イングリッシュがつかわれている。ペケはマレイ語で「行く」ことであり、いったんピヂン・イングリッシュに編入されるや....
海に生くる人々」より 著者:葉山嘉樹
裏|足袋《たび》の、バリバリ凍ったのをはいていた。そして、ボースンの、ゴム長靴のペケを利用して、その脛《すね》の部分だけを、ゲートル流にはいていたのであった。も....
金狼」より 著者:久生十蘭
りこんでくると、あとはもう、奴、酌げ酌げ、さ。……さすがの大将も、しまいにはオッペケペになって、とうとう兜をぬいじまったんだそうだ。……あっしゃ、すらっとした後....
魔都」より 著者:久生十蘭
もし本物だったら、それこそ世界の耳目を聳動させる事が出来たんだが、何もかもこれでペケになった。……醒めて口惜しき仮寝《うたたね》の、か、ああ、詰らん詰らん。……....
風に乗って来るコロポックル」より 著者:宮本百合子
ンカトムの心にはきっと、もう一つの名が浮んで来る。それは早く没《な》くなった妻のペケレマット(照り輝く女という意味)である。死ぬときまで、子供のないことを歎きな....
獄中への手紙」より 著者:宮本百合子
くなる。この頃は全くそとでものは食べられないというようなものです。所謂洋食などはペケ。私は外でたべないからたすかりますが、つとめている女のひとなど、自炊していな....
近世快人伝」より 著者:夢野久作
の処へ持って行く。ほかに知っとる店がイクラでも在る』 『それなら十五円……』 『ペケペケ。絶対ペケある。二十五円二十五円。アンタは帰れ。モウ話しせん』 私は支....
ドグラ・マグラ」より 著者:夢野久作
夫なんだ。……というのは呉青秀先生、自分の全部を投げ出してかかった仕事がテンからペケだった事が、芬子の説明で初めて解ったのだ。そこでアメリカをなくしたコロンブス....