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モデル
「モデル〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
モデルの前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「或恋愛小説」より 著者:芥川竜之介
だったり何かするために誰にも認められていないのですがね。これは僕の友人の音楽家を
モデルにするつもりです。もっとも僕の友人は美男《びなん》ですが、達雄は美男じゃあ....
「路上」より 著者:芥川竜之介
しょに、応接室へ姿を現した時、俊助はいつもより快活に、
「どうでした。初子さん。
モデルになるような患者が見つかりましたか。」と声をかけた。
「ええ、御蔭様で。」....
「夢」より 著者:芥川竜之介
替《かわせ》をとりに行った帰りにふと制作慾を感じ出した。それは金のはいったために
モデルを使うことの出来るのも原因になっていたのに違いなかった。しかしまだそのほか....
「作画について」より 著者:上村松園
私のあとつぎである松篁の妻のたね子や、謡の先生のお嬢さんや、女のお弟子さんたちを
モデルに使いましたが、たね子を京都で一番上手な髪結さんのところへやって一番上品な....
「好きな髷のことなど」より 著者:上村松園
ります。そこに行くと武子さんくらいの人は、よっぽど珍しいと私は思ったことでした。
モデル 大正四、五年頃、私は帝展に「月蝕の宵」を出そうとかかった時、武子さんに....
「ドモ又の死」より 著者:有島武郎
又) ├若き画家 瀬古 (諢名、若様) │ 青島 ┘ とも子
モデルの娘 処 画室 時 現代 気候のよい時節 沢本と瀬古とがとも子を
モデル....
「画室談義」より 著者:上村松園
に隅に立っていたり、清少納言が何か、もっともらしい顔つきで私を眺めていたりする。
モデルをあまり使わない私は、夜分など壁へ自分の影を映してそれを参考にしてポーズを....
「花筐と岩倉村」より 著者:上村松園
称される病院なのである。 岩倉へゆけば、狂人が見られるには違いないが、照日前の
モデルになるようなお誂えむきの美狂人がいるかどうか――と案じていると、 「某家の....
「中支遊記」より 著者:上村松園
と批評している。似ているとか似ていないとか言っているのだろうが、そうすると折角の
モデルの皇帝までがのこのこと写生帖をのぞきに来るのには弱った。
モデルにもなれ....
「最初の出品画」より 著者:上村松園
今でこそ洋画にしろ日本画にしろ、
モデルというものが大きな問題となっているが、今から四、五十年も前の我が画壇をふり....
「三味線の胴」より 著者:上村松園
う名門の一つの貴族型というものがあるでしょう。文展の〈月蝕の宵〉を描いた時には、
モデルになってもらって、横向きやら、七三やらの姿を写させて貰った事がある。 (昭和五年)....
「今日になるまで」より 著者:上村松園
きては、お煙草盆や、ひっつけ髪や、ひっくくりの雀びんやらを結うて、つまり子供達を
モデルに髪形の研究をしていました。 私が絵を習い始めた頃は、女が絵を習うと言う....
「寛政時代の娘納涼風俗」より 著者:上村松園
蝕というものを題にして夏の夕方の納涼気分を現わしただけに過ぎません。 私の画は
モデルは余り用いませんが、只顔の優しい型を取りたいために祇甲の萬龍はんとお久はん....
「女の顔」より 著者:上村松園
ますと自然画に現れるのだろうと思います。誠に可笑しいものでございますよ。 自分が
モデル モデルを使わないでもありませんが、こちらの思うようになって頂くのが気の....
「想い出」より 著者:上村松園
年に〈姉妹三人〉を描きました時は、何となく嬉しゅうございました。 私は、あまり
モデル等は使わない方で、大抵鏡を三枚仕立てまして、娘なら娘の着付を致し、色々の姿....