»
下河
「下河〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
下河の前後の文節・文章を表示しています。該当する11件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「六日月」より 著者:岩本素白
ツ下の通りを南に向いて歩いて行く。上の高台寺そのものをも入れて、すべて此の辺りは
下河原町になって居るのである。煙草屋、荒物屋など暗い寂しい店に交って、仕出し屋、....
「死剣と生縄」より 著者:江見水蔭
。それは併し如何考えても不思議というより他は無かった。 押砂河岸に上る前に、木
下河岸で朝早く売りに来た弁当を買った。それの刻み鯣に中って腹痛を感じたとのみは思....
「慈悲心鳥」より 著者:岡本綺堂
すぐに表へ出ると、折井君は先に立って行く。田島さんと予はあとについて行く。やがて
下河原の橋を渡って含満ヶ渕に着く。たびたび散歩に来たところなれど、ここで昨夜おそ....
「奥州における御館藤原氏」より 著者:喜田貞吉
は泰衡、平泉館に火を放って北に遁れ、はては北海道に遁れんとする途中、九月三日、部
下河田次郎の変心によって肥内郡贄柵で殺されてしまった。始めて阿津賀志山に戦を交え....
「神州纐纈城」より 著者:国枝史郎
行った。 浜、落合、小湊も過ぎた。笛吹川もついに越した。山城、下鍛冶屋、小瀬、
下河原、住吉、小河原、畔まで来た。 と、遥かの前方に、甲府の城下の灯火が見えた....
「三筋町界隈」より 著者:斎藤茂吉
は大正十四年八月一日二代清三郎建之と刻してある。この二代鹿島清三郎氏は目下小田原
下河原四四番地に住まれているはずである。此処に合葬せられている仏は、鹿島清兵衛。....
「政談月の鏡」より 著者:三遊亭円朝
した。是れから直《すぐ》に町奉行所へ出て、依田豊前守のお調べに成りましたが、此の
下河原《しもがわら》清左衞門は人違いか、全く彼《か》の毒を盛った武家《さむらい》....
「火傷した神様」より 著者:田中貢太郎
歿くなってしまった。 二 その来宮様のいた処は、今の静岡県加茂郡
下河津村の谷津であった。某年の十二月二十日|比、私は伊豆の下田へ遊びに往ったつい....
「狂乱」より 著者:近松秋江
も、それを言うと、妙に話を脇へそらすようにするし、そうかといって、女のいうままに
下河原の旅館の方にいって要領を得た話を訊こうとしても、そこでもなるべくそんな話は....
「黒髪」より 著者:近松秋江
あたりは、そんな種類の女の住んでいる祇園町に近いところで、三条の木屋町でなければ
下河原といわれて、祇園町の女の出場所になっている洒落れた土地であった。それは東山....
「南国太平記」より 著者:直木三十五
」
「山内様は、先刻、お出ましになりましたまま、未だお戻りになりませぬ」
京都
下河原、二階堂志津馬の寮の、一部屋であった。狭い庭であるが、鞍馬石に、木竹を配し....