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中国地方
「中国地方〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
中国地方の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「栄螺」より 著者:田畑修一郎
生れたので、幼い時から夏になると殆ど毎日のように海へ入った。 私の生れた地方は
中国地方の花崗岩の地質のためか、海岸はいわゆる白砂で、水もきれいだ。東京で羽田の....
「殺人鬼」より 著者:浜尾四郎
た。その以前、彼は山田駿三と云つていたのだ。(同上参照)事は今から約四十年以前、
中国地方のある一寒村に於ける二つの家の悪因縁話からはじまる。ああ、君らは、あの伊....
「風知草」より 著者:宮本百合子
人が苦しく、ちりぢりばらばらにさせられて凌いで来た十数年の月日がてりかえされた。
中国地方から来ていた一人のひとが、その地方の婦人の事情を報告した。ひろ子が名ざさ....
「若きいのちを」より 著者:宮本百合子
性反応を示す体質になっている人々の放言である。 勤労青少年たちの体はよくない。
中国地方の或る工業地帯が故郷である若い人が、この間の徴兵検査で、一年前肺炎をやっ....
「女の手帖」より 著者:宮本百合子
全国の供出米が割当のやっと二割八分しか集まらなかったことが報じられている。先頃、
中国地方の田舎を旅行したときも、話題は供出米が中心となった。自主的に米を供出して....
「社会時評」より 著者:戸坂潤
があるのである。――処が、世間の噂によると、上には上があるもので、当の××××が
中国地方の某代議士によって動かされているというのである。××××の折角の名誉のた....
「安吾の新日本地理」より 著者:坂口安吾
るのである。 もとより、新羅人や百済人の来朝移住も多かった。南鮮と九州もしくは
中国地方の裏日本側とを結ぶ航海が千数百年前に於ても易々たるものであったことは想像....
「雪代山女魚」より 著者:佐藤垢石
もある。岐阜県から、滋賀県、京都府へかけてはアメノウオ、またはアマゴなどと呼び、
中国地方ではヒラメ、九州ではエノハと名づけている。台湾の大甲渓に棲んでいるサマラ....
「魔味洗心」より 著者:佐藤垢石
鱒と共に、推賞に値するものに、利根川の鰍がある。鰍は、親族同胞数多く、九州から
中国地方へかけただけでも四十種類以上あるから、日本全国調べたなら随分数多い種類に....
「三国志」より 著者:吉川英治
われた。対岸の嶮岨と、その自然を利用した蛮族一流の防寨を見た刹那にである。それは
中国地方の科学的構造とは甚だ趣を異にしているが、堅固な点では、必要以上にも堅固に....
「木綿以前の事」より 著者:柳田国男
短くした。それ故に九州の南の方、鹿児島県や宮崎県ではこれをコシギンと謂っている。
中国地方から東ではコシキリ、東北へ行くとコシピリまたはコスピリ、或いはもっと解り....
「こども風土記」より 著者:柳田国男
の正月の楽しみはまた一つ失われた。 これと似よった例は四国の粥釣りや御祝いそ、
中国地方のコトコト・ホトホト、またはトロベイ・トヘイなどというもの、九州・奥州の....
「日本の伝説」より 著者:柳田国男
だといいますが、それにしては茶の木の方を、なんともいわなかったのが妙であります。
中国地方でも、伯耆の印賀村などは、氏神様が竹で目を突いて、一眼をお潰しなされたか....
「年中行事覚書」より 著者:柳田国男
亥の日などは普通の日に過ぎない。そうしてその代りに十月の十日夜と名づけ、ちょうど
中国地方のイノコヅキと同じに、藁の束をもって地面を叩きまわる子供遊びがあったので....
「母の手毬歌」より 著者:柳田国男
としてもふしぎはない。珍らしいと思うのはその鎌倉から、百数十里も西にへだたった、
中国地方のある田舎に、いつの間にかこんな歌がはいっていて、しかもその歌のこしらえ....