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中堅
「中堅〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
中堅の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「片信」より 著者:有島武郎
僕も理窟だけで議論するのはけしからんと答えるほかはない。
堺氏は「およそ社会の
中堅をもってみずから任じ、社会救済の原動力、社会|矯正《きょうせい》の規矩《きく....
「運命」より 著者:幸田露伴
兵を麾いて大に戦う。燕王精騎を率いて左翼を衝く。左翼動かずして入る能わず。転じて
中堅を衝く。庸陣を開いて王の入るに縦せ、急に閉じて厚く之を囲む。燕王衝撃|甚だ力....
「旗本退屈男」より 著者:佐々木味津三
製の粗茶なと参らすとよろしいが、もう御出かけかな。では、遠路のことゆえ、御身も道
中堅固にな、国元に帰らば御内室なぞにもよろしくな。――いや、言ううちに、妙庵、妙....
「山県有朋の靴」より 著者:佐々木味津三
かった。 しかし、世間は、そのよろこびをよろこびとしてくれなかった。 旗本の
中堅ともなるべき若者たちが、婦女子の目をよろこばす以外に、なんの能もないような水....
「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」より 著者:内田魯庵
校内の少年の団体であって世間に顔出ししてなかった。依然として国文及び漢文が文学の
中堅として見られていた。 二十五年前には今の日比谷の公園の片隅に、昔の大名の長....
「天馬」より 著者:金史良
追いかけて来ると云って大変だったのです。兎に角田中君も今じゃ大いに芽が出て、もう
中堅の作家ですよ。どうでしょう、彼を囲んで僕達が一度集ったら、その時も是非来て下....
「競漕」より 著者:久米正雄
れには文農二科が来賓として混合競漕をするはずになっていた。混合というのは敵味方の
中堅――三番四番――を交換して漕ぐのである。この時が敵味方初めて正式に顔を合わせ....
「体格検査」より 著者:小酒井不木
語りました。 二 まったく、私は後覧のとおりが悪いので、いつも「
中堅」ぐらいで暮したのです。一口に言うと「あがる」とでも申しますか、ふだんは誰に....
「熱情の人」より 著者:久保栄
ればならないと思う。しかし小山内先生の全身的な努力をもってすれば、現在日本劇壇の
中堅を形づくる最も優秀な俳優の一団を、この程度の小康に安んぜしめなかったに相違な....
「穂高岳槍ヶ岳縦走記」より 著者:鵜殿正雄
には、北穂高東穂高の二峰がそれぞれ派せられている、何れも三千米突内外の同胞、自ら
中堅となって四股を踏み、群雄を睥睨しおる様は、丁度、横綱の土俵入を見るようだ。さ....
「松園女史の思い出」より 著者:金子薫園
童すがたが、見知らぬ私の方をものめずらしそうに見るのであった。それは今京都画壇の
中堅である松篁さんであった。 鶯はまだ啼きやまない。 窓越しに見ると、莟のふ....
「本州における蝦夷の末路」より 著者:喜田貞吉
入してしまって、その蹟を絶ったのであります。特に彼らが武士となって、我が日本民族
中堅の階級を形作り、従来腐敗堕落の極みに陥入っていた我が国家、我が社会に対し、回....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
を愉しんで、分に安んじた高からず低からぬ、割に楽しい現実生活を営んで来た教養ある
中堅どころの公家の中に、割にあきらめの良い、粘りの足りない子弟が多くて、世相のは....
「仏教人生読本」より 著者:岡本かの子
みんな、みんな、愛情だった そうしてお前は好い児に育った 今は巴里の 尖端画壇の
中堅作家 お茶喫むかわが児よ巴里に 絵を描くか、友と語るか 日本の母を忘れて 忘....
「牛捨場馬捨場」より 著者:喜田貞吉
同 一朱也 一、化粧男牛一つ 二朱也 右の通り村
中堅可者也 文久二年戌八月十八日改 ここに「はね金」とは告知手数料の事で、捨....