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写生文
「写生文〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
写生文の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「吾輩は猫である」より 著者:夏目漱石
善く似ているところが奇だ。やはりゼームス教授の材料になるね。人間の感応と云う題で
写生文にしたらきっと文壇を驚かすよ。……そしてその○○子さんの病気はどうなったか....
「作物の批評」より 著者:夏目漱石
際卒然として起る際《きわ》どき真味がなければ文学でないと云う。あるものは平淡なる
写生文に事件の発展がないのを見て文学でないと云う。しかして評家が従来の読書及び先....
「写生文」より 著者:夏目漱石
写生文の存在は近頃ようやく世間から認められたようであるが、
写生文の特色については....
「科学と文学」より 著者:寺田寅彦
分にとっては科学の研究は一つの創作の仕事であったと同時に、どんなつまらぬ小品文や
写生文でも、それを書く事は観察分析発見という点で科学とよく似た研究的思索の一つの....
「詩の原理」より 著者:萩原朔太郎
派小説の典型であり、その最も優秀なものと定評された徳田秋声の作の如き、全くその*
写生文的俳句趣味で特色されている。そして他の多くの小説が、より劣等な価値に於て、....
「鳴雪自叙伝」より 著者:内藤鳴雪
堂《かくどう》氏と五百木良三氏とは俳句の外この和歌仲間へも這入った。また子規氏は
写生文と言うものをも始めたが、この方面では坂本|四方太《しほうだ》氏、寒川鼠骨《....
「明治三十二年頃」より 著者:寺田寅彦
とを思い出す。あの頃の短文のようなものなども、後に『ホトトギス』の専売になった「
写生文」と称するものの胚芽の一つとして見ることも出来はしないかという気がする。少....
「高浜さんと私」より 著者:寺田寅彦
も、その裏面に何かしら夢幻的の雰囲気が漂っているような気がした。四方太氏の刻明な
写生文などに比べて特にそんな気がするのであった。 近頃の『ホトトギス』で虚子の....
「子規の追憶」より 著者:寺田寅彦
けようというのでなくて積極的にそれを利用するというのは愉快だと云って喜んでいた。
写生文を鼓吹した子規、「草花の一枝を枕元に置いて、それを正直に写生していると造化....
「文学の中の科学的要素」より 著者:寺田寅彦
置にあるものは、色々の事実や事件の平坦な叙述的描写を主調とした作物、例えば物語や
写生文のごときものであろう。そこでは少なくも作者は黒幕の後ろに隠れて、舞台の上で....
「入院患者」より 著者:ドイルアーサー・コナン
彼は私の驚愕を見て心から笑った。 「君は、僕が、もうだいぶ前に、ポーの書いた
写生文の一つの中にある一節を、読んだことを覚えてるだろう。あの中に、用意周到な推....
「子規居士と余」より 著者:高浜虚子
」というのは即ち余のそれに載せた小説で、ある一小事件をスケッチしたものであった。
写生文という名はまだ一、二年後の明治三十一年頃になって起ったのであるが、此の「糊....
「漱石氏と私」より 著者:高浜虚子
書くのは面倒臭いが、要するに四方太君などは漱石氏の文芸に不服で、それよりも純正の
写生文雑誌として世間の人気などに頓着なく押し進みたいという希望を持っていたし、発....
「フレップ・トリップ」より 著者:北原白秋
漫的な詩歌に対しての写生説だったんだからね。一種の反抗運動として見るべきだろう。
写生文にしてからがそうだ。ありのままの平面描写ということになる。南宗画などの象徴....
「仏法僧鳥」より 著者:斎藤茂吉
山の上にのぼって来られたとき、T君も私もO先生のまえに降伏してしまった。 私の
写生文はこれでしまいであるが、約めて一言とすることが出来る。どうも高野山上の仏法....