北条義時[語句情報] » 北条義時

「北条義時〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

北条義時の前後の文節・文章を表示しています。該当する6件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
大菩薩峠」より 著者:中里介山
でがんす」 「それそれ、それでなくちゃいけねえ……だが一つお気をつけなさい、あの北条義時は、筏《いかだ》を流し奉るとお前さんお言いなすったが、あれはいけねえ、ミ....
学生と先哲」より 著者:倉田百三
犯した不祥の事変は日蓮の生まれるすぐ前の年のできごとであった。陪臣の身をもって、北条義時は朝廷を攻め、後鳥羽、土御門、順徳三上皇を僻陲の島々に遠流し奉ったのであ....
大捕物仙人壺」より 著者:国枝史郎
慶喜公のお命乞いを。……俺の命などはどうなってもよい。俺はいつもこう思っている。北条義時に笑われまいとな。実に義時は偉い奴だ。天下泰平のそのためには、甘んじて賊....
私本太平記」より 著者:吉川英治
んと計っている」 と、いいふらした。 かつて、承久の帝政回復の覆りから、時の北条義時のため、後鳥羽上皇は隠岐ノ島へ、順徳、土御門の二上皇も佐渡や土佐へ流され....
私本太平記」より 著者:吉川英治
たび帰るにも帰れぬ虚無にとらわれたことでもあろう。――現に、承久の後鳥羽法皇は、北条義時にやぶれて、この島へ流され、海士郡の配所に十八年間をむなしく囚われのまま....
親鸞聖人について」より 著者:吉川英治
ったんでしょうけれども、京都の方の事態にも、承久の兵乱というものが起こりまして、北条義時が時の後鳥羽上皇を隠岐、土御門上皇は土佐、順徳天皇を佐渡へ流すというよう....