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四位
「四位〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
四位の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
悪いから討たれたのだ。おれは吉良のような悪い事はしない、吉良の良い所にあやかって
四位の少将にでも昇進するのだなぞと仰しゃって、とうとうその脇指を自分の指料になさ....
「旗本退屈男」より 著者:佐々木味津三
さるかな」 「なにッ。雑言申して何を言うかッ。小地たりとも美濃八幡二万四千石、従
四位下を賜わる遠藤主計頭じゃ。貴殿に応対の用はない。とく帰らっしゃい」 「ところ....
「怪談牡丹灯籠」より 著者:三遊亭円朝
り込み、一|盃やっている側に酌取女に出た別嬪は、年は二十七位だが、何うしても廿三
四位としか見えないという頗る代物を見るよりも、伴藏は心を動かし、二階を下りて此の....
「蒲生氏郷」より 著者:幸田露伴
これを松坂と呼んだ。前の居城松ヶ島の松の字を目出度しとして用いたのである。当時正
四位下左近衛少将に任官し、十八万石を領するに至った。 小田原陣の時、無論氏郷は....
「風流仏」より 著者:幸田露伴
百円にもあれ何万円にもあれ札で唇にかすがい膏打ような処置、遺恨千万、さりながら正
四位何の某とあって仏師彫刻師を聟には為たがらぬも無理ならぬ人情、是非もなけれど抑....
「万葉秀歌」より 著者:斎藤茂吉
〕 高安王 高安王が鮒の土産を娘子に呉れたときの歌である。高安王は天平十四年正
四位下で卒した人で、十一年|大原真人の姓を賜わっている。一首の意味は、この鮒は、....
「鵺」より 著者:楠山正雄
を歌いました。天子さまはその歌をおよみになって、かわいそうにお思いになり、頼政を
四位の位にして、御殿に上ることをお許しになりました。 それからまた長い間、
四位....
「十二神貝十郎手柄話」より 著者:国枝史郎
様』なのか? 館林様のご本体は、では甲斐の国館林の領主、松平右近将監武元卿――従
四位下ノ侍従六万千石の主、遠い将軍家のご連枝の一人、三十八年間も執政をなされた、....
「娘煙術師」より 著者:国枝史郎
輔信良様の後胤、織田一統の貴族として、国持ち城持ちのお身柄でもないのに、世々|従
四位下|侍従にも進み、網代の輿に爪折り傘を許され、由緒の深いりっぱなお身分、その....
「暗号数字」より 著者:海野十三
帆村は躍起となって、この月足らずの割り算に注意を向けた。第三段目に□9□□という
四位の数字が殖えたが、これによって、謎の枠の中の数字をまた新しく類推できるにちが....
「秋の筑波山」より 著者:大町桂月
衆、兼引付頭人となりて国政に参与したり。後に下野守護となり、大蔵権大輔となり、従
四位を授けられ、修理権太夫にまでも進めり。思ふに関東の一大豪族、武略と共に材能も....
「武士を夷ということの考」より 著者:喜田貞吉
る「坂上田村麻呂は夷人なりとの説」中に論及せる、近衛員外中将兼播磨守陸奥大国造正
四位上道嶋宿禰嶋足のごときは、その著しきものなりとす。しかしてもし坂上田村麻呂に....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
顕広の歌も一首とられている。 久安六年正月六日正五位下、翌|仁平元年正月六日従
四位下。仁平三年四十歳、院の仰せにより『久安六年百首』を部類分けして奉った。仁安....
「特殊部落の成立沿革を略叙してその解放に及ぶ」より 著者:喜田貞吉
んでした。蝦夷人すなわちアイヌ族の出にして、立派な地位に上ったものも少くない。正
四位上勲二等の位勲を有し、近衛中将で、相模・下総・播磨等の国守になった人などもあ....
「賤民概説」より 著者:喜田貞吉
付いている雑戸の類であった。天皇以外貴紳の徒も鷹を使って、三位以上は餌取を二人、
四位以下は一人を抱えていたとある。そして餌取の扱う鷹や犬の餌すなわち食料には、通....