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大内記
「大内記〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
大内記の前後の文節・文章を表示しています。該当する7件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「旗本退屈男」より 著者:佐々木味津三
つかわすが、一体そちのいとしい男とか申すのは、どこの何と言われる方じゃ」 「榊原
大内記《さかきばらだいないき》様のお下屋敷にお仕えの、霧島京弥《きりしまきょうや....
「連環記」より 著者:幸田露伴
の門に遊んで、才識日に長じて、声名世に布いた保胤は、試に応じて及第し、官も進んで
大内記にまでなった。 具平親王は文を好ませたまいて、時の文人学士どもを雅友とし....
「東山時代における一縉紳の生活」より 著者:原勝郎
入した翌年の正月早々に、九条家においてその家礼すなわち執事の役をしておった唐橋|
大内記《だいないき》在数が殺害された事件があったからであろう。そもそも二重の服従....
「源氏物語」より 著者:紫式部
の伯父《おじ》の右大将、式部|大輔《だゆう》、左中弁などだけを招いて、家庭教師の
大内記に命じて史記の中の解釈のむずかしいところの、寮試の問題に出されそうな所々を....
「源氏物語」より 著者:紫式部
ろうと、思い合わされることもおありになって、学問のほうの用で自邸でもお使いになる
大内記が、薫の家の人によるべのあることをお思い出しになり、居間へお呼びになった。....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
しか菊王と呼んだと思う」 「ならばそれも、天皇に近う仕えまつる近習の御一名、前の
大内記、日野蔵人俊基朝臣に相違ございますまい」 「どうしてわかる」 「菊王は、後....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
にも似合わしからぬ態だったが、その人こそ、今日の“文談会”に姿をみせた、この前ノ
大内記、日野蔵人俊基なのだった。 「おそかったの、蔵人どの」 「みなもお待ちして....