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「大唐〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

大唐の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
金将軍」より 著者:芥川竜之介
えば日本の歴史教科書は一度もこう云う敗戦の記事を掲げたことはないではないか? 「大唐《もろこし》の軍将、戦艦《いくさぶね》一百七十艘を率《ひき》いて白村江《はく....
十二支考」より 著者:南方熊楠
鉄を受けた奴輩だと仏が説かれた。 (大正三年一月、『太陽』二〇ノ一) 玄奘の『大唐西域記』巻三に、北インド咀叉始羅《たつさしら》国の北界より信度《しんど》河を....
悟浄出世」より 著者:中島敦
そう思って久しぶりに微笑した。 七 その年の秋、悟浄《ごじょう》は、はたして、大唐《だいとう》の玄奘法師《げんじょうほうし》に値遇《ちぐう》し奉り、その力で、....
十二支考」より 著者:南方熊楠
それまた余勢で馬までも霊物と交われば、最良種を生ずると想像するに及んだらしい。『大唐西域記』一に、〈屈支国東境城北天祠の前に大竜池あり、諸竜形を易《か》え牝馬と....
十二支考」より 著者:南方熊楠
を司る猴神ある事前述のごとく、そのほかまた猴を山の神とせるあり。 玄奘三蔵の『大唐西域記』十に、駄那羯礫迦国の城の東西に東山西山てふ伽藍あり。この国の先王がい....
十二支考」より 著者:南方熊楠
》御入来を願うと張り出した。熊楠いう、東洋にはずっと豪いのがあって、玄奘三蔵の『大唐西域記』巻十二|烏※国《うせつこく》の条に、その都の西二百余里の大山頂に卒都....
死者の書」より 著者:折口信夫
が、なかなか多かった。 学問や、芸術の味いを知り初めた志の深い人たちは、だから、大唐までは望まれぬこと、せめて太宰府へだけはと、筑紫下りを念願するほどであった。....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
ません、たとい一時の権勢はありましても、長く人気を保てるはずはないのに、あの人は大唐国の王座をふまえて少しもゆるがさず、好きなという好きな男は無条件に自分の性慾....
万葉秀歌」より 著者:斎藤茂吉
やく日本へ大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらむ 〔巻一・六三〕 山上憶良 山上憶良が大唐にいたとき、本郷(日本)を憶って作った歌である。憶良は文武天皇の大宝元年、遣....
岷山の隠士」より 著者:国枝史郎
。 座に就くと筆を握り、一揮して蕃書を完成した。 まず唐音で読み上げた。 「大唐天宝皇帝、渤海の奇毒に詔諭す。むかしより石卵は敵せず、蛇龍は闘わず。本朝運に....
法然行伝」より 著者:中里介山
て尊い。今の御影堂《みえいどう》の跡がそれである。 法然が或時云う。 「わしは大唐の善導和尚の教えに従い本朝の一心《せんしん》の先徳のすすめに任せ、称名念仏の....
中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
これは天平十一年冬十月に光明皇后の営まれた維摩講においてうたわれたもので、終日|大唐楽や高麗楽のような舶来の大管絃楽の演奏される間にまじって、うたわれたのであっ....
手仕事の日本」より 著者:柳宗悦
、何か新しい用途に向けたら、仕事はまた起き上るでありましょう。夜具地に広く用いた大唐草模様の如き、見返すと立派なものですから、何かに甦らさずば勿体ないと思います....
木綿以前の事」より 著者:柳田国男
いずれの地の農業もかつて一度はそういう方法を行ったとも考えにくい。タウボシ一名「大唐米」などという稲は、多産強健なれども原種に近いためか、とくに実の翻れやすい性....
『西遊記』の夢」より 著者:中谷宇吉郎
」と言うと勿論《もちろん》大変なさわぎである。三人の子供が折りかさなって、国訳『大唐西域記《だいとうさいいきき》』を覗《のぞ》き込んで、「三蔵法師玄奘|奉詔訳《....