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大籬
「大籬〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
大籬の前後の文節・文章を表示しています。該当する14件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「政談月の鏡」より 著者:三遊亭円朝
へ参って格子先を覗いて歩くと、辨天屋|祐三郎《ゆうざぶろう》という江戸町一丁目の
大籬《おおまがき》の次位|大町《だいまち》小見世《こみせ》というべき店で、此の家....
「箕輪心中」より 著者:岡本綺堂
がら、綾衣は十畳の座敷につづいた八畳の居間に唯ぼんやりと夢みるように坐っていた。
大籬《おおまがき》に育てられた彼女は、浮世絵に描かれた遊女のようにしだらのない立....
「吉原新話」より 著者:泉鏡花
内でもあるまい、と階下で気を着けたか茶飯の結びに、はんぺんと菜のひたし。……ある
大籬の寮が根岸にある、その畠に造ったのを掘たてだというはしりの新芋。これだけはお....
「第二菎蒻本」より 著者:泉鏡花
東京へ連れて遁げると、旅籠住居の気を換える見物の一夜。洲崎の廓へ入った時、ここの
大籬の女を俺が、と手折った枝に根を生す、返咲の色を見せる気にもなったし、意気な男....
「明治大正美人追憶」より 著者:長谷川時雨
治の初期の美女代表で、あわせて情史を綴《つづ》っている。お倉は新宿の遊女、今紫は
大籬《おおまがき》の花魁《おいらん》、男舞で名をあげ、吉原太夫《よしわらだゆう》....
「細木香以」より 著者:森鴎外
にこの婢の言う所は、一々わたくし共兄弟姉妹の耳を驚かした。 婢は幼くして吉原の
大籬に事え、忠実を以て称せられていた。その千住の親里に帰ったのは、年二十を踰えた....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
ほどに迂闊《うかつ》ではありません。そこを金助が見て取って、 「何しろ、先方様は
大籬《おおまがき》へ、茶屋からお上りになったんでございますからね、こちらもそのつ....
「旧聞日本橋」より 著者:長谷川時雨
やりおど》りをしたという、酒池肉林《しゅちにくりん》、狂舞の時期があった。吉原|
大籬《おおまがき》の遊女もボンネットをかぶり、十八世紀風のひだの多い洋服を着て椅....
「旧聞日本橋」より 著者:長谷川時雨
《いもと》の御亭主|清水異之助《しみずいのすけ》という人だ。 秀造さんは吉原の
大籬《おおまがき》金瓶大黒《きんぺいだいこく》の恋婿で、吉原に文明開化をもちこん....
「絶景万国博覧会」より 著者:小栗虫太郎
も、その源氏名の濃紫と云う名を、万延頃の細見で繰ってみれば判る通りで、当時唯一の
大籬に筆頭を張り了せただけ、なまじなまなかの全盛ではなかったらしい。また、それが....
「村井長庵記名の傘」より 著者:国枝史郎
「なるほどお前は田舎の人、噂を聞かぬはもっともだが、近来江戸へ女装をしたそれも
大籬の花魁姿、夜な夜な出ては追剥、武器と云えば銀の簪手裏剣にもなれば匕首にもなる....
「魔都」より 著者:久生十蘭
新吉原夜景の事
並に狐、馬に乗るの事
新玉の年たちかえる初紋日。
大籬《おおまがき》小籬、朱塗の見世格子に煌々とネオン照り映え、門松の枝吹き鳴らす....
「歌麿懺悔」より 著者:邦枝完二
分にじっと見つめた。 「どうだの。ひとつ、頼みを聞いちゃくれめえか」 「さアね。
大籬の太夫衆がもらうような、こんな御祝儀を見せられちゃ、いやだともいえまいじゃな....
「艶色落語講談鑑賞」より 著者:正岡容
が、玉の井や亀戸のような溝泥の匂いがなく、何より組織が大がかりなので、何となく「
大籬《おおまがき》」というゆったりとしたものが感じられる。 女たちにも陰惨な、....