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「大衆文学〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

大衆文学の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
真田幸村」より 著者:菊池寛
時代には信仍で通ったのかも知れない。しかし、とにかく幸村と云う名前が、徳川時代の大衆文学者に採用されたため、この名前が圧倒的に有名になったのだろう。 むかし、....
応仁の乱」より 著者:菊池寛
用すとある。宗全雀躍して是を迎えて奉仕したと云うが、詳しい御事蹟は記録にないが、大衆文学の主人公としては、面白い存在ではないか。大衆作家も、もっと時代を溯れば、....
思想と風俗」より 著者:戸坂潤
家の教養という形で日程に上っている。実は読者の教養というものも問題であったので、大衆文学と純文学との比較検討の類は一部分この問題に基いていたわけだが、夫が今日、....
イデオロギー概論」より 著者:戸坂潤
デミー的芸術(例えば所謂「純粋文学」の如き)とジャーナリズム的芸術(例えば所謂「大衆文学」の如き)との対立連関の状勢の下に、照らし出され得ねばならぬ。宗教も亦宗....
日本イデオロギー論」より 著者:戸坂潤
大衆の再考察 映画は大衆的な芸術だと云われる。或いは又股旅物やチャンバラは大衆文学だと云われる。処でここに云う大衆なるものの意味をつきつめて見ると、一見計....
現代唯物論講話」より 著者:戸坂潤
日の階級文化の内部に含まれている内部的矛盾が終局の問題でなくてはならぬ筈である。大衆文学乃至通俗小説や長篇小説の問題は、対ジャーナリズムの問題であるよりも、寧ろ....
思想としての文学」より 著者:戸坂潤
ばならなくなった何等かの原因があるからだろう。之は多分、所謂純文学というものが、大衆文学に圧倒されつつあるという現象と関係があるらしく、つまり純文学は大衆文学に....
世界の一環としての日本」より 著者:戸坂潤
ぬ時であることが、証拠立てられる。夫は民衆という観念が政治的に理解されずに、単に大衆文学式や通俗雑誌的にしか理解されない時だ。 こんなことは判り切ったことだ。....
社会時評」より 著者:戸坂潤
思う。帝大新聞に例の小説『煙烟』を『梅園』と書かれたと云って悲観していたが、今は大衆文学や歴史小説に道を拓こうとしているらしい。 立正を馘になった三枝博音氏を....
異邦人の意欲」より 著者:豊島与志雄
術的にという条件を付してさえおけば、誤解されることはあるまい。 ところで、所謂大衆文学の方が所謂純文学よりも、より多く一般民衆に働きかけているという錯覚が、時....
演劇の様式――総論」より 著者:岸田国士
広い範囲の要求にこたえる普遍性のある演劇を指す。しかし、実際には、純文学に対して大衆文学というように、主として「通俗」の意味と混同されている。 科白劇 科はシグ....
悲願に就て」より 著者:坂口安吾
ら洋服も洋服という言葉でしかなかった。 この作品から私が考えたのは、純粋芸術と大衆文学の一つの相違点ということだった。バルザックの作品のあるものが今日では大衆....
可能性の文学」より 著者:織田作之助
いつめたというのか。「面白い小説を書こうとしていたのはわれわれの間違いでした」と大衆文学の作者がある座談会で純文学の作家に告白したそうだが、純文学大衆文学を通じ....
「小酒井不木集」はしがき」より 著者:小酒井不木
とお気に入るだろうと信じます。 ひとえにご愛読あらんことを願います。 (『現代大衆文学全集』第七巻、平凡社、一九二八年三月、所収)....
宝島」より 著者:佐々木直次郎
る。 「宝島」は洵に少年文学であると同時に成人をも十分に愉しませ得る小説であり、大衆文学であると同時に文学に対して最も優れた理解力と鑑賞力とを有する人々にも愛読....