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「太陰〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

太陰の前後の文節・文章を表示しています。該当する14件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
右門捕物帖」より 著者:佐々木味津三
といえばもちろんもう月は変わって、文月《ふみづき》七月です。ご承知のごとく、昔は太陰暦でございますから、現今とはちょうどひと月おくれで、だから七月といえば、まさ....
右門捕物帖」より 著者:佐々木味津三
師走《しわす》の月ずえ。今までもしばしば申し上げたように、当今とは一カ月おくれの太陰暦ですから、師走は師走であっても、ずっと寒気がきびしくて、朝夕はへそまでが凍....
宇宙の始まり」より 著者:アレニウススヴァンテ
創造/スカンジナビアの創造に関する詩 ※ 時間算定の実用価値/時の計測器としての太陰/時間計測の目的に他の天体使用/長い時間の諸周期/カルデア人の観測と測定/エ....
右門捕物帖」より 著者:佐々木味津三
が、またよりによって三月の三日、すなわちおひな祭りの当日なのです。いうまでもなく太陰暦ですから、桃の節句の桃も咲いているであろうし、桜はもとより満開…… しか....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
日の繰り方もこれまでの暦にくらべると一か月ほど早い。これは前年十二月上旬をもって太陰暦の終わりとし、新暦による正月元日が前年の冬のうちに来たからであった。 人....
中国怪奇小説集」より 著者:岡本綺堂
く暮らした。 怪鳥の正体はわからない。伝うるところによると、墓場などのあいだに太陰積尸の気が久しく凝るときは化して羅刹鳥となり、好んで人の眼を食らうというので....
ルクレチウスと科学」より 著者:寺田寅彦
この態度は、むしろ今の科学者に必須なものと考えなければならぬ。 この態度で彼は太陰太陽の週期の異なる理由、昼夜の長短の生ずる理由、月の盈虚、日月の蝕の原因等に....
茨海小学校」より 著者:宮沢賢治
。 「左様《さよう》、左様、至極《しごく》ご尤《もっとも》なご質問です。私の方は太陰暦を使う関係上、月曜日が休みです。」 私はすっかり感心しました、この調子で....
『尚書』の高等批評」より 著者:白鳥庫吉
家の手に成りしものなるを考へしむる也。その理は十二宮は太陽運行に基き、二十八宿は太陰の運行に基きしものなれば、陽の初なる東とその極なる南とを十二宮に、陰の初の西....
月日の話」より 著者:坂口安吾
十四日とナニワ節にうたわれていることはたれも知る通りである。 けれども、これは太陰暦でいってのことで、今日通用している太陽暦からいうと、たぶん、翌年の一月十何....
チベット旅行記」より 著者:河口慧海
は随分面白い礼式がございました。 一体チベットの暦はインド暦でもなければシナの太陰暦でもない。トルキスタン暦を取って居るので、その暦はシナの太陰暦にほぼ似て居....
黒田清隆の方針」より 著者:服部之総
(カナダ割譲)の要求を提議するに及んで絶頂にたっした。 一八六九年一月―四月、太陰暦では明治元年十一月―明治二年二月はまさにこのような、「アラバマ号問題」をめ....
三国志」より 著者:吉川英治
ような容子なので孔明は自分の言にまた説明を加えた。 「この頃、天文を観ていると、太陰畢星に濃密な雨気がある。おそらくここ十年来の大雨がこの月中にあるのではないか....
年中行事覚書」より 著者:柳田国男
は八日と十三日とが、今なおよく知られた行事の日であった。月の盈ち欠けを目標とした太陰暦の時代には、朔日くらい目に立たぬものはなかったろう。よほどそのつもりで気を....