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寒貧
「寒貧〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
寒貧の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「笑う唖女」より 著者:夢野久作
るとこじゃ。なあ……若先生は村でタッタ一人のお医者様じゃ。しかしこげな山の中の素
寒貧村《すかんぴんむら》には過ぎた学士様じゃ。先代の仲伯先生も云うちゃ済まんが、....
「山羊髯編輯長」より 著者:夢野久作
一度、吾輩を見上げ見下した。吾輩はその瞬間純色透明になったような気がした。この素
寒貧姿を見上げ見下ろされては、腸のドン底まで見透かされざるを得ない。純色透明にな....
「小説 不如帰 」より 著者:徳冨蘆花
り崩したんだが、うまく行ったらすばらしい金鉱ですぜ」 「それは惜しいもんだね。素
寒貧の僕じゃ仕方ないが、武男君、どうだ、一肩ぬいで見ちゃア」 座に着きし初めよ....
「口笛を吹く武士」より 著者:林不忘
晩、首根っこの白い姐《ねえ》やと酒じゃあ、帰りの五十三次が十次も来ねえうちに、素
寒貧《すかんぴん》になるのあ知れきってるって――やい、すると手めえは、何と吐《ぬ....
「カラマゾフの兄弟」より 著者:ドストエフスキーフィヨードル・ミハイロヴィチ
誰ひとりできる者はいないんですからね。ところがドミトリイ・フョードロヴィッチが素
寒貧《すかんぴん》でありながら、しかも、一流の伯爵の息子に決闘を申しこんだとすれ....
「武蔵野」より 著者:山田美妙
かに活計を立てていた。今柳橋で美人に拝まれる月も昔は「入るべき山もなし」、極の素
寒貧であッた。実に今は住む百万の蒼生草,実に昔は生えていた億万の生草。北は荒川か....
「神棚」より 著者:豊島与志雄
いというだけで、まだ確かな証拠が挙ってやしないじゃねえか。」 「挙ってるとも。素
寒貧な笹木に降って湧いたように金が出来るというなあ、何より立派な証拠なんだ。内々....
「文化祭」より 著者:坂口安吾
た。彼はヤツ子を護衛するようにして二等車に乗りこんだ。バンド組の五名はそろって素
寒貧、指をくわえて見送る以外に手がなかったのである。 小さな駅に降りて、そこか....
「佳日」より 著者:太宰治
った。しかるに小生は、君もご存じのとおり、人の世話など出来るがらの男ではない。素
寒貧のその日暮しだ。役に立ちやしないんだ。けれども、小生と雖も、貴兄の幸福な結婚....
「もう軍備はいらない」より 著者:坂口安吾
八人も子供がいるような日本。天然資源的に見れば取り代えるオシメにも事欠く程度の素
寒貧だし、持てる五反の畑も人里はなれて山のテッペンに近いような、もしくは湖水の中....
「巷説享保図絵」より 著者:林不忘
こりごり。よりをもどそうの何のと、味なことはいわないでおくれよ、あたしみたいな素
寒貧《すかんぴん》の女を相手にしちゃあ、磯五様の估券《こけん》にかかるじゃあない....
「白花の朝顔」より 著者:泉鏡花
川柳にも、(地女を振りも返らぬ一盛。)そいつは金子を使ったでしょうが、こっちは素
寒貧で志を女郎に立てて、投げられようが、振られようが、赭熊と取組む山童の勢いです....
「三国志」より 著者:吉川英治
陽の名士|許子将という人相観だった。 怒るかと思いのほか、その時、曹操という素
寒貧の一青年は、 「奸雄、結構結構」と、歓んで立ち去ったといわれている。 子将....
「ロザリオの鎖」より 著者:永井隆
この家、この寝巻きもあといくらの月日私の宝であるのやら──。私は天国へ行ったら素
寒貧だ。今となっては善業をする体力もない。 私は私の前にラッパを吹いたのだった....
「紅梅の客」より 著者:吉川英治
だが、私はかつて、いちどもそんな目にあったことはなかった。もっとも、いつだって素
寒貧な書生だったせいでもあろうが、だからといって蔑まれたこともない。あいかたの女....