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「常磐〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

常磐の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
浅草公園」より 著者:芥川竜之介
は「生活、正月号」と云う初号活字である。 63 大きい常磐木《ときわぎ》の下にあるベンチ。木々の向うに見えているのは前の池の一部らしい....
高野聖」より 著者:泉鏡花
》った糸のような流《ながれ》で、これは枝を打って高い処を走るので。ともするとまた常磐木《ときわぎ》が落葉する、何の樹とも知れずばらばらと鳴り、かさかさと音がして....
耽溺」より 著者:岩野泡鳴
アに、意味もなく来たんだ」 「どッかで飲もう」ということになり、つれ立って、奥の常磐へあがった。 友人もうすうす聴いていたのか、そこで夏中の事件を問い糺すので....
海野十三敗戦日記」より 著者:海野十三
京→小田原 ◯中央線=東京→大月 ◯東北線=東京→小山 ◯高崎線=大宮→熊谷 ◯常磐線=日暮里→土浦 四月二十七日 ◯この日記をしばらく休んだ。休んだわけは忙....
綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
いちじるしく減じた。私の子供の頃には、元園町一丁目だけでも長唄の師匠が二、三軒、常磐津の師匠が三、四軒もあったように記憶しているが、今ではほとんど一軒もない。湯....
神鷺之巻」より 著者:泉鏡花
、雑草が伸茂って、道を蔽うていそうだったのが、敷石が一筋、すっと正面の階段まで、常磐樹の落葉さえ、五枚六枚数うるばかり、草を靡かして滑かに通った事であった。 ....
開扉一妖帖」より 著者:泉鏡花
―今でいえば。 主婦に大目玉をくった事があるんだけれど、弥生は里の雛遊び……は常磐津か何かのもんくだっけ。お雛様を飾った時、……五人|囃子を、毬にくッつけて、....
照葉狂言」より 著者:泉鏡花
て地をば綺麗に掃いたり。榊五六本、秋は木犀の薫みてり。百日紅あり、花桐あり、また常磐木あり。梅、桜、花咲くはここならで、御手洗と後合せなるかの君の庭なりき。 ....
怨霊借用」より 著者:泉鏡花
た二頭の鬼が、後から、前を引いて、ずしずしずしと小戻りして、人立の薄さに、植込の常磐木の影もあらわな、夫人の前へ寄って来た。 赤鬼が最も著しい造声で、 「牛頭....
歯車」より 著者:芥川竜之介
ら山を焼いている火を見たり、或は又自動車の中から(その時は妻子とも一しょだった)常磐橋界隈の火事を見たりしていた。それは彼の家の焼けない前にもおのずから僕に火事....
ガルスワーシーの家」より 著者:岡本かの子
産院の門前へ出た。此処で景子達は一寸立止まって足を休めた。それから鬱蒼として茂る常磐樹の並木を抜けると眼前が急に明るく開けてロンドン市の端ずれを感ぜしめるコンク....
勘平の死」より 著者:岡本綺堂
和屋十右衛門 (彦三郎) 三河町の半七 (菊五郎) その妹 おくめ (竹三郎)常磐津 文字清 (鬼丸) 半七の子分亀吉 (伊三郎) 同じく 幸次郎 (鯉三郎)....
二葉亭余談」より 著者:内田魯庵
が、やはり江戸で育って江戸風に仕込まれた。両親共に三味線が好きで、殊にお母さんは常磐津が上手で、若い時には晩酌の微酔にお母さんの絃でお父さんが一とくさり語るとい....
思い出草」より 著者:岡本綺堂
も著るしく減じた。私の子供の頃には、元園町一丁目だけでも長唄の師匠が二、三|軒、常磐津の師匠が三、四軒もあったように記憶しているが、今では殆ど一軒もない。湯帰り....
白峰の麓」より 著者:大下藤次郎
た。 秋の西山一帯は、午後三時の日光をうけてギラギラと眩しいように輝いている、常磐木の緑もあろう、黒き岩もあろう、黄なる粟畑もあろうが、それらは烈しき夕陽に、....