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「幼時〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

幼時の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
東海道五十三次」より 著者:岡本かの子
一緒に連れて行って貰《もら》った。念の為め主人と私の関係を話して置くと、私の父は幼時に維新の匆騒《そうそう》を越えて来たアマチュアの有職故実《ゆうそくこじつ》家....
映画と癩の問題」より 著者:伊丹万作
、四国遍路ないしは乞食となって仏蹟を浮浪してまわっているのが多い。したがって私は幼時から癩を意識したり癩者を見たりする機会が多かった。たとえば―― 少年の一日....
空襲葬送曲」より 著者:海野十三
演習に出たきり、消息の知れないこと、もう四十日に近い。彼女は、母の慈愛をもって、幼時から信仰を捧げている浅草の観世音の前に、毎朝毎夕ひそかに額き、おのれの寿命を....
三人の双生児」より 著者:海野十三
三つの赤いカンカンを結って座敷牢にいた妹らしいと思うのに、一方真一の身の上が妾の幼時と非常に似かよったところがあり、ことに家出をした妾たちの母が曲馬団の舞台にい....
金魚撩乱」より 著者:岡本かの子
造の祖父に当る人がやはり東京の山の手の窪地に住み金魚をひどく嗜好したので、鼎造の幼時の家の金魚飼育の記憶が、この谷窪の金魚商の崖上に家を構えた因縁から自然とよみ....
食魔」より 著者:岡本かの子
に諸方で歓迎されながら彼は未だ嘗て尊敬というものをされたことがない。大寺に生れ、幼時だけにしろ、総領息子という格に立てられた経験のある、旧舗の娘として母の持てる....
鶴は病みき」より 著者:岡本かの子
性と洗錬を見せて働く。こういう折々、いつも私は思うのであるが、これは氏の天資か、幼時からの都会の良家的「お仕込み」で、習性となって居る氏の動作が、このほか松葉杖....
作画について」より 著者:上村松園
展出品作「夕暮」は、徳川期の美女に託して描いた母への追慕の率直な表現であり、私の幼時の情緒への回顧でもあります。....
三人の師」より 著者:上村松園
鈴木松年先生 私にとっては鈴木松年先生は一番最初の師であり、よちよちあるきの幼時から手をとって教えられ一人あるきが出来るようにまで育てあげられた、いわば育て....
八犬伝談余」より 著者:内田魯庵
れた中に単り馬琴が重視されたは学問淵源があるを信ぜられていたからである。 私が幼時から親しんでいた『八犬伝』というは即ちこの外曾祖父から伝えられたものだ。出版....
おばけずきのいわれ少々と処女作」より 著者:泉鏡花
あるのは云う迄もない。父が熱心な信心家であったこともその一つの原因であろう。僕の幼時には物見遊山に行くということよりも、お寺|詣りに連れられる方が多かった。 ....
鴎外博士の追憶」より 著者:内田魯庵
がある。(この咄は桜木町時代に鴎外自身の口から直接に聴いたのである。) 鴎外は幼時神童といわれたそうだ。虚実は知らぬが、「十ウで神童、ハタチで才子、二十以上は....
二葉亭四迷」より 著者:内田魯庵
の気分に襯染していた。一言すれば二葉亭は能く外国思想に熟していたが、同時にやはり幼時から染込んだ東洋思想を全く擺脱する事が出来ないで、この相背馳した二つの思想の....
二葉亭四迷の一生」より 著者:内田魯庵
私が二葉亭と最も深く往来交互したのは『浮雲』発行後数年を過ぎた官報局時代であって幼時及び青年期を知らず、更に加うるに晩年期には互いに俗事に累わされて往来|漸く疎....
欧米各国 政教日記」より 著者:井上円了
とき得たる思想は先入主となるの理にもとづき、成長の後を支配するの力あるをもって、幼時ひとたびヤソ教の井中に入りたるものは、終身大海の波上に立つことあたわざるべし....