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「弓削〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

弓削の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
白蟻」より 著者:小栗虫太郎
けるのを止めようとはしなかった。 「あの時、同じ救い出された三人のうちで、たしか弓削《ゆげ》とかいう、工手の方がおりましたわね。その方が、私にこういう事実を教え....
長篠合戦」より 著者:菊池寛
抜いて、二刀まで刺して刎返したので、流石の剛の者も参って仕舞った。武田の弓隊長|弓削某と云う者だと伝える。織田徳川勢の追撃急な上に、勝頼主従の退却も、しかも滝川....
煩悩秘文書」より 著者:林不忘
の江戸の客というのは、 下谷練塀小路《したやねりべいこうじ》 法外流剣法道場主弓削法外《ゆげほうがい》 六十三歳 同人娘 千浪《ちなみ》 十九歳....
暗号の役割」より 著者:海野十三
れたことにはなっていなかった。 笹山鬼二郎という人物も確かに実在していた。彼は弓削組に属して請負い仕事をやっている三十男であった。しかし彼はこのところ弓削組へ....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
伝えらるるばかりではなく、幾多の古書にも誌《しる》されてあるので、その奈良王とは弓削道鏡《ゆげのどうきょう》のことであるとの一説、ただに奈良の帝と伝えられている....
ああ玉杯に花うけて」より 著者:佐藤紅緑
向かった。 「日本の歴史中に悪い人物はたれか」 いろいろな声が一度にでた。 「弓削道鏡です」 「蘇我入鹿です」 「足利尊氏です」 「源頼朝です」 「頼朝はどう....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
とも、無論のことだ、英雄、豪傑というものは神様の次だ」 「そう致しますると先生、弓削道鏡様《ゆげのどうきょうさま》が和気清麻呂様《わけのきよまろさま》を……」 ....
死者の書」より 著者:折口信夫
んな※きは、何時までも続きそうに、時と共に倦まずに語られた。 前少弐殿でなくて、弓削新発意の方であってくれれば、いっそ安心だがなあ。あれなら、事を起しそうな房主....
万葉秀歌」より 著者:斎藤茂吉
○ 古に恋ふる鳥かも弓弦葉の御井の上より鳴きわたり行く 〔巻二・一一一〕弓削皇子 持統天皇が吉野に行幸あらせられた時、従駕の弓削皇子(天武天皇第六皇子....
夕凪と夕風」より 著者:寺田寅彦
ire〕 だったらこんなことはあるまい」といって皮肉に笑ったそうである。なるほど弓削道鏡が自分の同郷出身だといって自慢する人はあまりないかもしれないが、しかし石....
二葉亭四迷の一生」より 著者:内田魯庵
遍苦い顔をされても少しも尻込しないで口を酸くして諄々と説得するに努めたのは社中の弓削田秋江であった。秋江は二葉亭の熱心なるアドマヤラーの一人として、朝日の忠実な....
道鏡皇胤論について」より 著者:喜田貞吉
しまったのであった。けだし当時田口博士は道鏡の素性に関する続日本紀の文に、河内の弓削氏の人であるという事、彼の先祖に大臣があったという事などある記事について、適....
特殊部落の成立沿革を略叙してその解放に及ぶ」より 著者:喜田貞吉
は種々の技芸・工業・雑役等に従事するもので、例えば珠玉を造る玉造部とか、弓を造る弓削部とか、鎧を造る鎧作とか、雅楽寮の楽戸、主船司の船戸、造酒司の酒戸、典薬寮の....
賤民概説」より 著者:喜田貞吉
などとも云っている。春日王は癩病になられたがために、奈良坂に隠棲し給い、その子の弓削浄人がこれを孝養するについて、朝|夙く起きて市中に花売をした。それで市人が弓....
俗法師考」より 著者:喜田貞吉
に関する伝説である。奈良坂春日社の縁起(『坊目考』による)によるに、夙の者の祖|弓削浄人が、散楽俳優をなして春日神に父の白癩平癒を祈った。これが「申楽翁三番叟」....