憤死[語句情報] »
憤死
「憤死〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
憤死の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「玉藻の前」より 著者:岡本綺堂
は多年の宿題で、戒壇建立の争いのためには三井寺の頼豪阿闍梨《らいごうあじゃり》が
憤死して、その悪霊が鼠になったとさえ伝えられている。その三井寺へ魔女の玉藻が参詣....
「海野十三敗戦日記」より 著者:海野十三
に押されてホームより電車の下に落ち、電車はそのまま発車し、両脚轢断、頭部裂傷にて
憤死した。その旨夫人愛子さんより悲歎の言葉を以て通知あり、驚愕且つ暗然とした。 ....
「島原の乱」より 著者:菊池寛
知って、征討の軍|来る事近しとの報を受けたからであった。 板倉重昌
憤死之事 江戸慕府へ九州動乱の急を、大阪城代が報じたのは寛永十四年十一月十日の....
「老中の眼鏡」より 著者:佐々木味津三
は駕籠に消えた。――堀織部正は先の外国奉行である。二月前の去年十一月八日、疑問の
憤死を遂げたために、流布憶説まちまちだった。対馬守の進取的な開港主義が度を越えて....
「怪塔王」より 著者:海野十三
っ、ざ、残念だ。無念だ。帝国軍人が俘虜になるとは、この上もない不名誉だ。それに、
憤死した青江三空曹の仇も討たないうちに、こんな目にあうとは、かえすがえすも残念だ....
「歌行灯」より 著者:泉鏡花
夜の中に、私に辱められたのを口惜しがって、傲慢な奴だけに、ぴしりと、もろい折方、
憤死してしまったんだ。七代まで流儀に祟る、と手探りでにじり書した遺書を残してな。....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
崎に与えられるべかりしを、本多|忠刻《ただとき》と恋の勝利の歓楽に酔って、坂崎を
憤死せしめた罪多き女、その後半生は吉田通ればの俚謡《りよう》にうたわれて、淫蕩《....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
い。だが、幸いにして駒井甚三郎は、この時世を充分に見ていながら、病気にもならず、
憤死することもないのは、要するに、前途に洋々たる新しい世界を見、その世界に精進《....
「志賀直哉に文学の問題はない」より 著者:坂口安吾
太宰、織田が志賀直哉に
憤死した、という俗説の一つ二つが現われたところで、異とするに足らない。一国一城の....
「二都物語」より 著者:佐々木直次郎
あったならば、彼の家名の穢れははなはだしいものであったろう。二人であったなら彼は
憤死したに違いない。 モンセーニュールは昨晩もささやかな晩餐に出かけたのであっ....
「血曼陀羅紙帳武士」より 著者:国枝史郎
なら、その理由を知ることが出来よう。 「父上よ父上よ、あなたを辱かしめ、あなたを
憤死させました、忠右衛門の忰頼母めを、今こそ討ち取りまして、父上の怨みの残りおり....
「南国太平記」より 著者:直木三十五
入った次の間を見た。そして、厳格な、留守居役の顔になって、暫く、耳を立てていた。
憤死事件
牧仲太郎は、寝不足の眼を血走らせて、誰も入れない一間で、魔天の像を....
「髪」より 著者:織田作之助
は一人の例外もないと言っていいくらい物分りが悪く、時としてその物分りの悪さは私を
憤死せしめる程であった。 もっともこれは時代のせいかも知れなかった。私が徴兵検....
「現代茶人批判」より 著者:北大路魯山人
。が出来たものは猫の飯茶碗のみが山と重ねられたまでであった。世間に合わす顔がなく
憤死したわけでもなかろうが、七、八年続いた後、彼は他界してしまった。力のない職人....
「情鬼」より 著者:大倉燁子
ない宮本氏へ夫人の不行跡を洗い立てて、密告した者さえあった。それがために宮本氏は
憤死したとさえ伝えられているが、実際は任地で風土病にかかって死んだのだった。 ....