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所相
「所相〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
所相の前後の文節・文章を表示しています。該当する12件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「道草」より 著者:夏目漱石
たので、健三はその一本をぐるぐる廻しながら、随分俗なものだと評したら、父はすぐ「
所相応だろう」と答えた事があったが、健三は今自分がその地方で作った外套を細君の父....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
両国の十一屋を去ることにした。同行の二人の庄屋をそこに残して置いて、自分だけは本
所相生町の方へ移った。同じ本所に住む平田同門の医者の世話で、その人の懇意にする家....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
理屋を出しているとのことである。足のついでに、かねて世話になった多吉夫婦の住む本
所相生町の家まで訪ねて行って見た。そこの家族はまた、浅草|左衛門町の方へ引き移っ....
「渋江抽斎」より 著者:森鴎外
得ることになった。相生町の家は此に至って始て借りられたのである。 保は前年来本
所相生町の家から師範学校に通っていたが、この年五月九日に学校長が生徒一同に寄宿を....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
の面《かお》をながめていると、当の米友はニコリともしないで、裏を返して見ると「本
所相生町にて、松より」 「友造さん、最初はその手紙を使の者が持って来たんですが、....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
者(お君に言わせれば)ですから直ぐにその板の文句を読むことができました。 「本
所相生町二丁目箱屋惣兵衛、右の者商人の身ながら元来|賄金《まひなひきん》を請ひ、....
「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」より 著者:宮本百合子
おして居る。 ◎殆ど野原で上野の山の見当さえつけると迷わずにかえれる。 ○本
所相生署は全滅。六日夜十一時頃、基ちゃんが門で張番をして居ると相生署の生きのこり....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
姿を見かけます。 七 西洋大魔術が初日の蓋をあけた日の晩、本
所相生町から芝の四国町へかけて、浪士が火をつけて歩いた晩――また親方のお角が大城....
「塩原多助一代記」より 著者:三遊亭円朝
は物しつ。 三遊亭圓朝記 扨申上げまするお話は、鹽原多助一代記と申しまして、本
所相生町二丁目で薪炭を商い、天保の頃まで伝わり、大分盛んで、地面二十四ヶ所も所持....
「南国太平記」より 著者:直木三十五
戻り道にて、無礼を働きましたる仙波小太郎の儀」
「それが?」
「奉行所の手にて居
所相判りましたゆえ、召捕らせておきましたが――」
「誰が、召捕れと申した。何故、....
「明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
草|猿若町の市村座、本郷春木町の春木座、少しく下がって中芝居と認められたのは、本
所相生町の寿座、四谷荒木町の桐座、日本橋|蠣殻町の中島座の三座で、その他はみな小....
「法然行伝」より 著者:中里介山
していたので、そっと門弟の実成房というものを身代りに配所へやって、律師は西阿が住
所相模の国飯山へ連れて行き、そこで大いに尊敬して仕えていた。同年の冬、病にかかっ....