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「拝謝〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

拝謝の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
青蛙堂鬼談」より 著者:岡本綺堂
っ時の気休めに過ぎない解熱剤の二日分や三日分を貰って、素人医者の前にひざまずいて拝謝する老人――彼は恐らくこの家の忠僕であろう。――その姿を見るに堪えないような....
桶狭間合戦」より 著者:菊池寛
の左脇にさげて、日暮には清須に引上げた。まさに、神速なる行動である。熱田の宮では拝謝して馬を献じ社を修繕することを誓った。 凱旋の翌日、獲た首を検したのに二千....
法窓夜話」より 著者:穂積陳重
かれた。 この事の顛末《てんまつ》を聴かれた皇帝は歓喜極りなく、天を仰いで神に拝謝し、「朕《ちん》はここに畏くも我上帝が、正義を行って懼《おそ》れざる法官と、....
易の占いして金取り出したること」より 著者:南方熊楠
が十世の孫の貧を救え、われ汝の堕梁の厄を救うと書き付けたを見て、太守は活命の恩を拝謝し、袁天綱の十代めの孫を薦めて官途に就かせ、活計を得せしめたという(『淵鑑類函三二三』)。....
中国怪奇小説集」より 著者:岡本綺堂
らいの銭はわたしがどうにもして上げる」 彼は百緡の銭をあたえると、女は幾たびか拝謝して立ち去った。商人はそれから家へ帰って、両親や親戚友人にも鬼眼が予言のこと....
漱石氏と私」より 著者:高浜虚子
、平に御海恕|可被下候。御恵贈の『新俳句』一巻今日学校にて落手、御厚意の段難有奉拝謝候。小生爾来俳境日々退歩、昨今は現に一句も無之候。この分にてはやがて鳴雪老人....
五重塔」より 著者:幸田露伴
記しおわられ、満面に笑みを湛えて振り顧りたまえば、両人ともに言葉なくただ平伏して拝謝みけるが、それより宝塔|長えに天に聳えて、西より瞻れば飛檐ある時素月を吐き、....
三国志」より 著者:吉川英治
ろう」 諸将軍も、またすすめるので、 「――では」 と玄徳は、堂上の一同へ、拝謝をした上、初めて一つの席を貰った。 で、関羽と張飛のふたりは、歩を移して、....
三国志」より 著者:吉川英治
る恩とは知りながらも、玄徳は、 「身の終るまで、今日のご恩は忘れません」 と、拝謝して、ほどなく小沛へ帰って行った。 「このまま踏み止まっていたら、玄徳はさて....
三国志」より 著者:吉川英治
は見るにおよばんが、二|樊※に酒杯をつかわせ」 と、亭上から云った。 張飛は拝謝して、腹癒せのように痛飲したが、関羽は口にふくんだ酒を、曹操の眼がそれた隙に....
三国志」より 著者:吉川英治
う存じます。※は、にわかになお、生きてゆかれる気がしてきました」 彼は、幾度も拝謝して、手を鳴らして家臣を呼び、降り口に梯子をかけさせて、孔明を送り出した。 ....
三国志」より 著者:吉川英治
」と、いった。 「そうです」とうなずくと、母公は、彼に酒を賜えとすすめた。趙雲は拝謝して杯をいただきながら、玄徳の耳へ、そっとささやいた。 「ご油断はなりません....
三国志」より 著者:吉川英治
に贈った。 君恩のありがたさに、※統もこの時ばかりは眼のうちに涙をためていた。拝謝して、白馬に乗換え、ここで玄徳と別れて道を北の大路へとった。 後に思いあわ....
三国志」より 著者:吉川英治
盛も譲歩せざるを得なかった。孫権は、そばにいる甥に云った。 「都督にお礼をいえ。拝謝せい」 すると、孫韶は、昂然として、 「いやです!」 と、首を振った。そ....
三国志」より 著者:吉川英治
めて、朕自ら水陸の軍をひきい、討魏の大旆をかかげて長江を溯るであろう」 費※は拝謝して、 「おそらく魏の滅亡は百日を出でますまい。して、どういう進攻路をとられ....