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文藻
「文藻〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
文藻の前後の文節・文章を表示しています。該当する11件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「一円本流行の害毒と其裏面談」より 著者:宮武外骨
輩は例外とし、総て所蔵の図書に対しては尊重の念がなくばならぬ、明晢の論叢、絢爛の
文藻も、其著作者の性格を崇敬して感化を受け教導を受ける所に蔵書の価値があるもの、....
「茶の本」より 著者:岡倉覚三
ずくにかある玉川子この清風に乗じて帰りなんと欲す。――一椀喉吻潤。二椀破。枯腸は
文藻の乏しきを言う。習習は春風の和らぎ舒びるかたち。玉川子とは盧同自身をさす。 ....
「東山時代における一縉紳の生活」より 著者:原勝郎
がらその持てはやされたのは、たんに彼が上手な書家であったためばかりではない。彼の
文藻があずかって大いに力あるのだ。彼は歌人であり、連歌師であるのみならずまた漢詩....
「丹下左膳」より 著者:林不忘
って、このときの早駕籠《はや》を乗り切ったのです。
田丸という人には、ちょっと
文藻《ぶんそう》があった。かれがこの道中の辛苦を書きとめた写本《しゃほん》、旅之....
「学生と先哲」より 著者:倉田百三
に夢を結べば、妻恋ふ鹿の声に目をさまし、……(身延山御書)」 こうしたやさしき
文藻は粗剛な荒法師には書けるものでない。 建治二年三月旧師道善房の訃音に接する....
「十二神貝十郎手柄話」より 著者:国枝史郎
ほうい。 ――これが彼の作った阿呆陀羅経なのである。辛辣、諷刺、事情通、縦横の
文藻、嘲世的態度、とうてい掻い撫での市井人が、いいかげんに作ったものでないことは....
「九条武子」より 著者:長谷川時雨
ひい》さまのお琴がはじまったと、近所のものが外へ出てきたりしたという。武子さんの
文藻《ぶんそう》はそうしてはぐくまれたというが、この父君の雄偉な性格は、長兄光瑞....
「二葉亭四迷の一生」より 著者:内田魯庵
に連載した『其面影』であった。続いて翌年の十月は『平凡』を続載して二葉亭の最後の
文藻を輝かした。この二篇の著わされたのは全く秋江の熱心なる努力の結果であった。 ....
「四十年前」より 著者:内田魯庵
が、政治家としての尾崎は相応に見識があったろうが、ジスレリーを私淑するには学堂の
文藻は余りに貧しかった。尤も日本の政治家に漢詩以外の文学の造詣あるものは殆んどな....
「申訳」より 著者:永井荷風
は当世婦女の風俗を観、心には前代名家の文章を想い起すや、喟然《きぜん》としてわが
文藻の乏しきを悲しまなければならない。泰西に在っては詩人ミュッセが「ミミイパンソ....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
ない。 正成も説明はしなかった。なまじな説明はかえって反感をかうだろう。異国の
文藻や学問なら人後に落ちぬとする誇りは公卿の誰もが持っている。 魏の文帝の時代....